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2016年4月29日 (金)

寧波で取材された新聞記事を翻訳

先週中国より帰国した「寧波の旅」一週間は、早速、新聞やネットに取り上げられたようで、写真は『寧波日報』。

Photo_3最初のブロックに私の名前も載ってます。小さくて読めないでしょうが…(笑)

ほかのネット掲載記事や、ウェイボーにも、ここには写真がたくさん

昨日、『新浪博客(記者:龔国栄)』の記事を渡辺明次先生が翻訳され、全文を梁祝ブログに載せられました
見出しは
『中日韓“梁祝(リャンチュウ)”文化研究の専門家一行梁祝伝説起源の地を訪れる』

Photo_4記事の締めくくりの数行を要約すると
~前略~
これにより渡辺明次氏は梁祝伝説伝承地の遺跡を最も多く考察した国外唯一の人物となった。
渡辺明次氏について評価すべきは、“「寧波」が「梁祝伝説起源の地」”であることを、より早く提起した国外唯一の研究者であることである。

つまり、渡辺先生が「梁祝研究」に関して、日本で唯一の学者であるということ。
あらためてスゴさを痛感しました。(^^)v

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2016年4月28日 (木)

東大病院にて、定期健診。

中国旅行から帰って一週間が過ぎた。
しっかり寝てるのに昼間の睡魔がすごい、身体がだいぶ疲れたのでしょう。

今日は都合よく、旅行前からの予約で東大病院へ。
いつもの採血のほかに、胸部レントゲンと心電図。

1時間後に内心恐々?担当医から結果を聞くと、なんと、問題なし。
中国での病院報告もしたけど、さほど心配されなかった。

それよりも、以前より良くなっているような?
血圧も中性脂肪も肝臓も全て基準値内。

ご迷惑おかけした旅先での皆様には、本当にお世話になりました。

このゴールデンウィーク中にしっかり英気を養います。(^^;ゞ

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2016年4月20日 (水)

「寧波」の旅一週間、無事帰国

5日目にお腹の調子が悪くなって、上虞市の救急病院に運ばれ、半日の点滴療養となってしまいました。

Photo一昨日は、皆さんが観光に出かけている間、ひとりホテルで安静。

昨日、少しは食べられるようになり、ルームに届いた朝食はこんなの。→
乳酸飲料か?パンダのキャラが笑っちゃう、美味しくいただけました。

そして帰路へ…機内食も大丈夫。

Photo_2←あ、かすかに富士山が見える。羽田発着は富士山が見えるからいい。
日本時間18時半、羽田空港に到着しました。
そのまま自宅で、今朝までグッスリ。

疲れか?脱水症状だったようで、血圧は50まで下がったらしい。全身CTや心電図のデータなど一式(下の写真)ですが中国語で読めません。(笑)

02ただ結果は血糖値も全て平常、安静にしていれば良いと。

だいぶ疲れたみたいで、1.5Kg痩せました。(笑)

この後2~3日は休養します。

お土産話や、勉強になったこと、書と中国文化などなど
後日報告しますので、ちょっと休憩させていただきます。m(__)m

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2016年4月17日 (日)

「寧波」の旅、5日目は、足を延ばして上虞市へ!

Photo_10「寧波」から少し上流の「上虞(じょうぐ)」は、ヒロイン祝英台の故郷(生地)で、
上虞市英台文化研究会・陳会長(右側)の本拠地であります。
こちらは「寧波」のそれと比べると、古いそのままを残している感じで、
遠い歴史を静かに想わせてくれます。

Photo_11祝家は裕福な家庭だけに、多くの資料が残されているんですね。

Photo_13Photo_19←こちらは「梁山伯と祝英台」の像、みんな沈黙状態で見入っていました。

この男性像は「英台」の父親らしい、すごい迫力。→

そして、我ら日本「梁祝会」の活動や書籍などなどが、ここにも展示されていました。

Photo_15Photo_14←ポスターも、私の書「梁祝」の「梁」一文字が顔を出してます。

あ、ここでもやってる、和服二人のパフォーマンス。→
…ではない?、ちゃんと礼拝しているのでしょう。(失礼)

梁祝公園とは一味違い、一つ一つ感慨に耽りました。

ところが、
そんな気分もままならず、私は昼食時に急に具合が悪くなってしまったのです。

Photo_18疲れか?とにかく病院で半日療養となり、皆様に大変なご迷惑をおかけした次第です。

明日はホテルで一人安静、念願の「王羲之」ツアーも中止。
会長さんは私の雅号「梦羲」を見て「羲が梦(夢)になってしまいましたね」と上手な冗談を。
悲しいけど、全快したら今回の旅の特集ブログを書くことに…。
ご心配かけ申し訳ありません。m(__)m

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2016年4月16日 (土)

「寧波」の旅、4日目は「梁祝文化園」に映える日本の美女。

Photo_5昨日は、寧波が拠点の「東アジア文化都市・2016」、オープニングセレモニーが開催されましたが、
今日はその分科会というか、無形文化遺産展の一環として、
我々の本命でもある、「中日韓梁祝文化学術シンポジウム」が午後から宿泊ホテルの大会議室で開催されます。

午前中は、参加者全員で「梁祝文化園」訪問というスケジュールです。
ガイドつきの見学。何と、絵美さん、青井さんは綺麗な着物姿で登場!→

Photo_6公園に入ると眼前にカラフルな蝶々のモニュメント、ここで皆さん撮影するのでしょう。

早速、和服のお二人に挟まれて、中国梁祝文化研究会・周会長(中央左)と、上虞市英台文化研究会・陳会長。→

我々は一昨日下見をしましたが、今日初めて訪れた青井さん(左端)は、
6年前に鎌倉で公演した「戯曲・梁祝」のヒロイン祝英台の役を演じたことから、ずっと期待していたそうです。

Photo_9何とも美女二人の和服姿は公園中に輝いていました。

報道陣はもちろん、観光客の皆さんもカメラをパチパチと。
関係者は一緒に写真を撮りたいと、記念撮影が後を絶ちません。

02_2←行く先々で、取材のカメラがまわっている中、お二人の乗りのいいフォーマンスが最高。(左の写真)

3私も前日に見落としたところなどたっぷり観覧できました。

さて午後から夕方まで、「梁祝文化学術シンポジウム」が始まります。

ホテル4Fの大会議場には、大学教授や学者の先生方が首位を占め真面目な研究発表会のようで、実は私は、中国語の通訳がないのでさっぱりわからず、ちょっと居眠りしちゃいました。(失礼)

01_2ところが、目が覚めるような瞬間が。
あの祝英台(青井聡子さん)が壇上に上がりました。(同時通訳つき)
日本・鎌倉舞台公演の報告と、ヒロインを演じた感想を交え「梁祝愛情物語」の素晴らしさを語りました。さすが感情がこもってる。

Photo_7←バックには鎌倉公演の時のビデオを流していたので演出効果ばっちり。
ただ、プロジェクターのせいでか映りが良くないのがイマイチでしたが。
←(この写真は後ろのスライド画面に綺麗な写真をハメコミ合成)。

今回の主要日程は無事終了、皆さんホッとしたのか?晩餐会(交流会)がさらに盛り上がりました。

Photo_8さて、明日からは我々自由行動で、祝英台の生地「上虞」を観光する予定。

同席されている上虞市英台文化研究会・陳会長さんからも歓迎されて、訪問人数はもっと増える模様。

明日がまた楽しみです~(^^)v

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2016年4月15日 (金)

東アジア文化の都「寧波」2016・開幕式~3日目

2016年は中国・寧波が「東アジア文化都市の拠点」となる年、今日が開幕式です。

Photo昨年11月の報道によると
日本の「奈良」、韓国の「済州」、中国の「寧波」が
「2016年・東アジア文化の都」として選ばれたのです。(今後、新潟、神奈川なども)

昨夜ホテルに到着し友好を交わした中韓の客人たちと大型バスに乗り込み、
「国際会展中心」へ(日本で言えば国際展示場)。

Aska屋外イベント会場にはたくさんの報道陣も終結、オープニングセレモニーが始まるのです。
←日本の奈良からは太鼓踊り団体「ASKA組」が出演。タイトルは「梁山伯」ですって!
動画をこちらにアップしました

Photo_2日中韓の活気に燃えた持ち味が良く出たし、フィナーレの演出も素晴らしかった。

その後、文化産業博覧会など各ブースをまわると、奈良県の宣伝ブースもありました。
副市長さんが来ていましたが、こういうニュースを日本のマスコミは先ず取り上げない。
まあ、かき回されるとイヤだし、かえってこれで良いといつも思ってますが(笑)

01さあ、午後からは、無形文化遺産展の一環として、ここの大会議場にて、我ら「梁祝会」の渡辺明次先生の講演が始まるのです。

会場に入ると、最前列に我々の名札が置いてある。↓

Photo_3青井さん、絵美さんと並び、目の前で渡辺先生の演説を応援しました。

先生の講演内容は、「梁祝愛情故事」が日本ではなかなか認知されない現実と理由を、
新らしい研究をもとに自説を唱えました。外国人にどのように伝わったでしょうか。

02←写真は公演中に私の「書」を掲げて説明されているところ。

夜はホテルに戻り、中国各地から梁祝にちなむ要人たち、韓国の学者さんたちとの大懇親会。

05今宵は皆さん杯を交わしながらの和やかな一夜となりました。

さて明日の午前中は、全員で「梁祝公園」を見学(我々は前日にも見学しましたが)。
午後はその文化学術検討会が催されます。
ここでは一足遅れて寧波入りした青井さんの登場、「梁祝鎌倉舞台公演」の報告です。

Photo_4
~明日へ続くのです。

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2016年4月14日 (木)

東アジア文化の都「寧波」への旅~2日目

Photo_11その寧波(ねいは)は、中国4大愛情故事の一つ「梁祝(りゃんちゅう)伝説」に、最も深い関わりがあるといわれ、この10年で広大な敷地に「梁祝公園」を増築、その中に「梁祝博物館」も造られたのです。※中国語では寧波(にんぼう)と発音

朝から車で「梁祝公園(梁祝文化園)」に向うと、蝶々が舞う駅を発見。「梁祝駅」です、出来たばかりでハイウェイにマッチし美しい駅。↑
梁祝の話を知っていればこの蝶々の意味を語るまでもありません。(笑)

Photo_2やって来たー、という実感とともに「梁祝文化園」の世界へ。

巌友祥園長さんがお出迎え。(写真私の隣)↓

Photo_6渡辺先生は、ここに来るのが何と15回目、10年前に北京外国語大学で卒論を書くため何度も何度も訪れたそうです。

そこでたくさんのものを発見し、納得がいくまで調べつくしたと言う。

Photo_7いま我々が説明を受けて廻っている、例えば梁山伯のお墓。
←始めは、墓石の真ん中に入っている亀裂がわからなかったのだが、後に、雷が落ちて墓が割れたものだとわかり感激した。

また、ヒロインの祝英台が川岸にたどり着き、その墓めざして駆け上がったという話の、
Photo_8川岸にある石碑については、得意げに解説してくださいました。→

驚いたのは、当時何者かもわからない日本人が幾度となく話しかけた渡辺先生を覚えていたのは、事務局の女性だけでなく、清掃員のおじさんまでが!
渡辺先生との再会を大歓迎していました。

我々まで感動、やっぱり渡辺先生はスゴイのです。

02_2ところが先生がまだ見ていないものがありました、それは「梁祝博物館」。

←数年前に完成したばかり。という連絡を受けていたので、私も楽しみでした。

その中に我々「梁祝会」の活動が全て展示してあるからです。私の「書」も!

そして、そして、またここで「書」を書くことに。(笑)

Photo_9場所はこの公園の事務所の一室、昨日の勢いで書きまくりました。

でも本当に喜んでくれるからうれしい。

ところであちこちに取材の方が来ているので、園長さんに頼まれて書いた「愛情聖地梁祝園」の2ショットが、早速ネット新聞に掲載されたと知らされたのには驚きました。→

Photo_13ところで、書にはまだ雅印を押してないのです。
雅印は作者の承認、もちろん中国では必須でしょう。こんなこともあると思い、私は常に携帯してたので、事務の女性がホッとしてました。

ホテルに戻ると、一日遅れで青井さん(鎌倉舞台で祝英台を演じた女優)も到着、寧波駅まで迎えに行きました。

Photo_12同時に、明日から始まるシンポジウムに出席するたくさんの方々が到着。

というわけで、夕食はこのホテルで大交流会でした。

さて、明日は開幕式の大イベント。
日本の奈良からは太鼓団が出演するそうで楽しみです。~明日に続く。(^^)v

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2016年4月13日 (水)

東アジア文化の都「寧波」への旅~1日目

Img_20160413_184354日本人で、寧波(ねいは)という地名を知らない方も多いので、覚えやすく言うと、現代の「上海」と思えば良いのでは?
現に上海のすぐ南で、かつては遣隋使、遣唐使はじめ日本とをつなぐ最も重要な港。(写真が機内からの寧波)

予定通り羽田(朝7:20)発→北京へ

Photo北京空港では、渡辺先生の教え子が出迎え、中国で使える携帯電話を手配。→
同行の絵美さんは友人を呼んでいて北京で降り、夜に寧波に来るという。

みんな知り合いがたくさんいていいですね~(笑)
ここから寧波空港へは国内線で2時間くらい。
羽田からの直行便はあるけど、この方が安いそうで…。

結局、渡辺先生と私が先に寧波へ。寧波空港では、何と!中国梁祝文化研究会の会長さん直々のお出迎えでした。

Kimg0098そして、車でホテル(寧波海逸大酒店)へ。
この宿泊ホテルと明後日から始まるシンポジウムの会場は一緒のようです。

1_2一人ではもったいない広い部屋に満足、着替えるとゲストルームに案内。
今夜は、事務局の美人女性と4人で夕食です。

何も話せない私はただひたすら飲んで食べて…。
両国語ができるのは渡辺先生だけ、それでも長時間は苦痛なようで…、

1すると、私が書いてきた講演に使う「書」をここで披露しちゃいました。
でもこのことが、中国人の方々からは大変喜んでくれたのです。

ふと気がつくと、先ほどから女性が席をはずしたまま、
どうやら下のフロアで、私が「書」を書くために準備をしてるとのこと。

ここで書くなんて話は聞いてませんが、中国語が出来ない私にはこれしかない!?

奥の部屋に連れて行かれると、そこには画仙紙も筆も墨もがスタンバイしてました。

Photo_2しかし、自分の好きな言葉を書くのだと思っていたら、とんでもない。
この言葉を書いてほしいと、ボールペンで書かれたメモ用紙が次々に。

即興で書いて仕上がりを見ると、自分でもイマイチだけど、私はこうなると肝が据わって何でも来い、と書きまくりました。

Photo_310枚(10種類)くらい書いたかな?お酒の酔いも醒めちゃいました。
だけど、「書」は皆さんとっても喜んでくれる。
「これぞ中国の文化」を実感!です。

Photo_4なんて、すっかりメインゲストになってしまいましたが、私はあくまで渡辺先生のお供です。

さて今夜の余興はこれで終了、明日からは本番の日中交流イベントがたくさん待ってます。~明日に続きます。(^^)v

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2016年4月12日 (火)

第34回・練馬書道展、最終日

Photo練馬書道連盟主催の第34回「練馬書道展」の最終日です。

会場は「石神井公園ふるさと文化館」、自分のホームページを更新しました。

他の書道界と変わらず、この会も高齢化で80歳、90歳代が大勢ですが、
若いお弟子さんたちが力をつけつつあり決して暗い未来ではないでしょう。

Photo_2私も高齢化、と思ったらまだまだ先輩だらけでホッとしてます(笑)

ところで、最終日は夕方から反省会と銘打った飲み会となるのですが、
今回は先月会長が亡くなり、急遽、新会長選出という予定になりました。

Photo_3私は唯一練馬区在住でない理事。
選出会議にはお任せというスタンスをとりましたが、全員一致で女性新会長の誕生です。

「おめでとうございます」、祝杯を兼ねて飲み会が始まりました。

実は私は、明日から一週間、中国へ文化交流の旅に出るのです。
あ、羽田7:20発、だいぶ飲んでしまったけど、起きられるかしら~(^^;ゞ

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2016年4月 9日 (土)

謎の文?「神喟然嘆曰…」を揮毫(笑)

Photo034_1←渡辺明次著『梁山伯(リャンシャンボ)祝英台(チュウインタイ)伝説の真実性を追う』は、中国の四大愛情伝説の一つを日本に伝えた初の書籍で、2006年に発行。

しかし著者の渡辺先生は、10年経った今も、謎が多いこの伝説の研究を続けているのです。

Photoそこで頼まれたのがこの書、
←この石碑にある一行文なのです。小さくて見えにくいでしょうが、石碑の書体とは雰囲気を変えて、隷書で書き上げました。→

来週寧波で開催される、中日韓梁祝文化学術シンポジウムで、私が揮毫したこの書を持ってスピーチするそうです。

Photo_2今日のところ、内容は未発表とし、帰国したら会議の様子を含めお伝えしましょう。

実は私も、大雑把には知ってるのですが、実際の講演で渡辺先生がどのように発表するのか、今から楽しみです。

←因みにこのイラストは、悲しきヒーロー「梁山伯」ではなく、実は後に立派な役人となっていた。
という研究結果が実証されているのです。(^^)v

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2016年4月 6日 (水)

明日から始まる書道展の搬入に。

練馬区書道連盟主催、第34回・練馬区書道展(4/7~12)の準備です。

Photo午前中は仕事なので、お昼ごろ会場に到着すると、
業者の方が飾り付けの最中、私の作品も壁に立掛けた状態でした。→

出品作は前回より十数点増えたそうで、会場は結構ぎっしりです。

Photo_2私の新作は、李白の七言絶句「清平調詞一」より『雲想衣裳、花想容』の7文字。和訳は「雲に衣裳を想い、花に容を想う」。
これは楊貴妃の美貌を詠んだ句。有名な詩なのでもう少し解説すると、

唐の玄宗皇帝が長安で楊貴妃と牡丹の花を見ながら遊園の際、李白に命じて作らせた三首のうちの一番目(清平調詞三まである)

李白はこの時、二日酔いなのに即興でこの三首を作ったそうで。

Photo_3ところが、普段から李白を憎んでいた近臣に、三首の一部に楊貴妃をいやしい女として侮辱したものがあると讒言され、結局、李白は玄宗皇帝ににらまれ、才は認められつつも生涯出世できなかったそうです。

古今東西、こんな嫉み話はあるでしょうが、書を通じて多くの歴史話を知るのは楽しいもの。

←あ~、桜がキレイ!ここは「石神井公園ふるさと文化館」。楽しめるのも今日まででしょう、しっかり眺めてきました。(^^)v

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2016年4月 1日 (金)

中国(寧波)行きの名刺ができた。

Photo4月に入ったので、ぼちぼち寧波(中国)行きの準備を始めねばと。

単なる観光旅行でもないので、やることがたくさんあるのです。
そのために名刺も必要、作っていただきました。
肩書きは「梁祝文化研究所・広報部長」、その所在地は、日中交流研究所内。↓

Photo_3↑上は、梁山伯と祝英台が蝶になった伝説の像とか。渡辺先生が現地で撮ったこの写真を名刺の裏面に小さく載せました。

さて、寧波(ねいは)とは、今で言えば上海でしょうか、上海のすぐ南に位置し、遣隋使や遣唐使の入港地。
あの鑑真も、ここから日本に渡りました。
王羲之の書を学んだ空海(弘法大師)ももちろんで、中国文化の重要な窓口だったのです。

今回訪中する我々の目的は「梁祝(文化学術)シンポジウム」なのですが、
Shangyu1_1驚くことに、この梁祝愛情伝説は、時の総理大臣・謝安(しゃあん)の足下で起きた事件(渡辺先生の研究は本場中国の専門家が驚くほど)です。

書聖・王羲之の傑作『蘭亭序』の舞台「流觴曲水の宴」に参席していた、この謝安首相にも興味津々の私です。
※渡辺先生から頂戴した謝安の書→

今回のツアーに同行させていただき謝々だらけ、行く先々が楽しみです!(^^)v

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