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2016年5月 5日 (木)

梁山伯・祝英台伝説の真実に迫る講演!

中国・寧波へ旅立つ前に書いた「謎の文?「神喟然嘆曰…」を揮毫」ですが、あのページと比較しながら読むとわかり易いと思います。

034_1_202渡辺明次著『梁山伯・祝英台伝説の真実性を追う』は、中国全土に知られた愛情伝説「梁祝」を単なる伝説でなく実話だという論文。

著者渡辺先生は、今でも多くの謎に挑戦しつつあるのです。

物語の結末部分をごく簡単にお話すると、学問を共にし未来を契り合ったうら若き男女が親の縁談話で断絶。嘆き苦しみ病死してしまう梁山伯、その墓に飛び込む祝英台。
最後に二人が蝶になって結ばれるという悲しくも美しい話なのだが…、

Photo_3←渡辺先生は「真実は、そんな柔な話ではない」と。

先月の寧波で開催された「中日韓梁祝文化学術シンポジウム」で、(私が頼まれて揮毫した)石碑の文を持って演説されました。(上の写真)↑

伝説を解明するため各地を廻り、寧波の梁祝公園で見つけたのが石碑の文なのです。(下の写真、その右隣りは拓本から重要な文章を取り出し拡大したもの)

Photo_4←神喟然歎曰“生當封侯,死當廟食,區區何足論也!
意味は「聖なる山伯は嘆いて曰く『この世に活きては諸侯に封ぜられ立派な役人となり、死後も人々に敬われる人となるべきである。
女性に振られるなどという些細な事は論ずるに値しない。』」

これは驚きですが、実は清廉潔白で立派な役人になっていたというのです。

Photo_5「梁祝博物館」にある壁画が説明しています。→

悲嘆に暮れ病死した筈の梁山伯は、弱冠20歳で県知事となり、民衆の為に身命を投げ打ち、過労で亡くなったというのです。

というわけで、講演会は中国、韓国の方々にインパクトがあったことでしょう。

そこで渡辺先生とで考えるに、
この真実を上手に持ち込んで、日本版「梁祝愛情故事」を構成し直したら面白いのでは?(^^)v

【おまけ】------------------------------
さてここで嬉しいことに、渡辺明次先生が"補足情報"をくださいました!

Photo_2「寧波にだけある梁祝『清官伝説』」

『清官伝説』というくだりが1100年代の石碑(寧波)にある。

※清官(せいがん)とは『清廉で公正な官吏』の意味で、梁山伯のこと。
(反義語は、貪官(たんがん) 悪徳官吏.汚職官吏)

Liangzhudvd渡辺の知る限り中国で最も新しい30余話のTVドラマ「梁山伯と祝英台」の最後の部分に、役人として河川の堤防を工事する場面がちょっとだけある。
写真がそのDVD→
梁山伯:何潤東(ピーター・ホーPeter Ho )、
祝英台:董潔(ドン・ジエ )
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