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2018年3月28日 (水)

書聖・王羲之の故里からのお土産は、「蘭亭序」の拓本。

先月、我ら「梁祝会」の阿久津先生が、書聖・王羲之の故里(中国・山東省の臨沂)を
見学
し、私に買ってきてくださったお土産の"拓本"です。

02王羲之の最高傑作、かの有名な「蘭亭の序」。→

後の皇帝(唐の太宗)が王羲之の書を溺愛し、真筆を全て没収したので、現在、王羲之の書とあるものは全て模写です(模写した人達も能書家)。

さらにそれを石に彫る中国の職人の技術は凄いもので、印刷とは違う手触り(深い凹凸)には気がどよめきます。

下の写真を拡大してみると、拓本の方(右半分)の凹凸感がよくわかります。

00_3お土産の拓本の元の書家は、馮承素(ふうしょうそ)。

この方は殆ど無名だが、初心者が習う上では最も適しているというのか?確かに、私も手本として習った中で、初唐の三大家(虞世南・欧陽詢・褚遂良)の臨書よりも鮮明で真似しやすい。
(写真左が昔学んだ法帖、右が今回のお土産の拓本)

王羲之(303年生まれ)の本籍は(山東省)臨沂ですが、建康(現在の南京市)で育ち、人生の大半は、建康~臨川~武昌~会稽で官僚生活を過ごしています。
最終的に会稽(紹興市)で逸民生活に入り一生を終える。
よって、主な書は殆んどが紹興酒で有名なこの地で書かれたもの。

拓本を手にすると、なぜか本物を味わえた気がします。
10年前には、世界遺産の龍門石窟に行かれた渡辺先生(梁祝会会長)から、北魏の時代の書『龍門20品』の拓本をいただきました、もちろん大事にしております。
そして今回は阿久津先生、本当にありがとうございました。m(__)m

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2018年3月26日 (月)

昨夜の続き、粱祝(リャンチュウ)壮行会・<書道編>

302戯曲・粱祝(リャンチュウ)スタッフが、中国・江蘇省宣興市から招かれ、来月、現地で舞台公演することとなり、
中国大使館別館にてその壮行会をしていただいたわけですが、私は、題字を新規に書いて持参。

その前のものは、渡辺先生がいたるところで使いまわしてくださり、9年も経ってボロボロ。(笑)
大変嬉しく感じておりますが、このたび新規に書き直しました。

2時と共に私の書もだいぶ変わりました、当時はずいぶん張り切って荒々しく書いていたんだな~と。
古いのを見てふと思ったりして…(笑)

それと同時に、今年の干支の書「戊戌(つちのえ・いぬ)」と「戌(いぬ)」一文字を揮毫してきたのです。
←先ずは、薛剣公使(参事官)へ。

Photo時期を逸してしまいましたが、新年会をやっていないし、書記官の方々にも、初対面の挨拶と兼ねて手渡し。(写真下中央と右の女性)

Photo_3しかし、実のところ、また色紙の数が足りず、他の先生方に差し上げられなかったのが心残りでした。
でもまあ、私が登場するのはこんな時だけだが、少しは盛り上がって良かった。
上の写真は全て段躍中編集長が撮ってくださったので、謝々、謝々、です。(^_^)v

Photo_4

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2018年3月25日 (日)

来月訪中する戯曲・梁祝(リャンチュウ)スタッフの壮行会。

Photo戯曲・粱祝(リャンチュウ)のスタッフ、7名が、中国・江蘇省宜興から招待され、来月現地で舞台公演をしてくることになり、いよいよ猛稽古の仕上げの時期にかかってきました。

嬉しいことに数年前から、我ら「梁祝会」は日本と中国との文化交流が本格的になってきたのです。
これを中国側も大いに歓迎され、今日は中国大使館の別館にて"壮行会"をセッティングしてくださったのです!

Photo_5薛剣公使(参事官)には感謝とともに、丁寧な挨拶もいただき御礼申し上げます。
写真を見ると、堅苦しい感じがするかもしれませんが、とんでもない。

東洋大学教授の続三義先生、元重慶総領事の瀬野清水先生、
福島から新幹線で駆けつけた最高齢の山田明生会長、そして段躍中さんと奥様。
段躍中さんは上海での講演を済ませ帰国、その足で来てくださいました。

01皆さん自由な気持ちで参加され、高齢者に威張るような方はおらず、好奇心旺盛で若々しい。

03最後にかくし芸を演じてくださったのは瀬野さん。→
Photo_4重慶総領事を務めた後も多方面での活躍、の傍ら、覚えたての?手品が始まりました。
冷やかし半分で見ていると、最後の決めが鮮やかでした~(笑)

あ、今日は日曜日!部下の書記官の男性や女性3名、および高級料理でおもてなしくださった別館の方々も休日出勤、感謝いたします。

Photo_6右の写真は、私が新規に揮毫してきた題字「戯曲・梁祝」を披露、左から
女優の青井(祝英台役)さん、薛公使、女優デビューの正谷絵美さん、そして渡辺明次(梁祝会長)先生。

楽しさと、感謝が一緒にやってきた、素晴らしき一夜(壮行会)でした~。
おいしい料理にお腹も、お酒も、たっぷり。ご馳走様でした。

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2018年3月22日 (木)

今日の「たいとう区報」は桜名所、不忍池競馬もあり!?

0320毎月5日と20日発行の広報紙「たいとう・3/20号」は、"桜の名所"特集です。
「台東区は今も昔も桜の名所」との見出しで、上野、浅草、隅田川など桜風情の浮世絵が満載です。
(台東区中央図書館蔵)。

広報紙はどの区でもあるでしょうが、歴史ある台東区のピカイチは上野・浅草。
文化施設も、世界文化遺産に登録された西洋美術館はじめ、東京国立博物館、東京藝術大学、書道博物館、朝倉彫塑館、樋口一葉記念館など数えたらきりがない。

Photoその中でも知らなかったことが、中ページの浮世絵にありました。
←なんと、不忍池で競馬をやっていた!その絵がこれ。「新版不忍池けいば」歌川国利(明治22年)

例のごとくウィキペディアで調べると、
上野不忍池競馬(しのばずのいけけいば)は1884年(明治17年)から1892年(明治25年)まで東京上野不忍池で行われていた競馬。共同競馬会社主催で、不忍池を周回するコースで行われていた。
馬券は発売されずギャンブルとしての開催ではなく、屋外の鹿鳴館ともいうべき祭典で明治天皇をはじめ華族、政府高官や財界人を含む多くの観衆を集め華やかに開催された。

とのことで、浮世絵だけでなく当時の写真も掲載されています。

さらに読むと興味深いことたくさん、浮世絵にも感動、わが町に乾杯!(^_^)v

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2018年3月20日 (火)

中国民話劇「梁祝(リャンチュウ)」、悲願の"再演"が叶う!

日本で初めて公演した戯曲“梁祝”の作者、古野浩昭氏から、渡辺明次先生(梁祝会会長)を通じ、初公演から9年後の今日、"再演"の会場が取れたとの知らせ。
※写真上は初公演のDVDカバー、下はクリックすると公演の一幕が動画で (2009.10)

2009108cd_2公演予定:2018年9月17日(敬老日)、地球市民かながわ"あ~すプラザ"

これは、吉報と言えるでしょう。

しかし初回から長い歳月を経ているので、若干名のキャストを(オーディションで)募集するとのこと。
渡辺先生は早速これを『梁祝みんなのブログ』に告知されたので、同内容を以下に転載します。

Dvd_2中国民話劇「梁祝」公演:オーディション募集要項
日時:2018年5月5日15:00~17:00
会場:”あ~すプラザ” ワークショップルーム
対象:高校生~30代までの男女。
舞台経験のない人でも、やる気ある人、歓迎します。

主催団体:「鎌倉演劇人の会」

2018_4参加希望者は、当日午後2時半から先着順に会場入り口で受け付けます。
個人またはグループで台本の特定の場を読んでもらいます。
住所、氏名、年齢、連絡先を記載の上、ネットで参加申し込みできます。当日オーディションの台本を送信します。
お申込み、問合せは:代表世話人 古野 furunohiroaki@gmail.com まで。

単行本、小説「梁山伯と祝英台」(趙清閣著、渡辺明次訳、日本僑報社刊)をはじめとした"梁祝三部作"は、渡辺明次氏にお問合せを。akitsugu@wg7.so-net.ne.jp

Allstaff2009私も裏方での協力ですが頼まれています。(笑)
古野氏より「前回舞台装置に使った塚さんの書(掛け軸、梁山伯の墓碑)の保存j状態などを、もう一度、見てもらおうと思っています。よろしく」

おー、忙しくなりそうだ。(^_^)v

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2018年3月17日 (土)

春の「汎美展」、国立新美術館(六本木)へ。

Dm「2018 HANBI展」、春は六本木・国立新美術館、秋は上野・東京都美術館と決めてあるようです。

中西さんの新作を観るのが楽しみでもあり、毎回拝観していますが、そもそも私が「汎美展」を知ったのは、大勢の知り合いが出していたからです。

それぞれ違ったご事情でしょうが、今では中西さんだけが出品し続け、私も応援してきました。

Photoところが、受付で声をかけられたのは岡澤みさを先生→

昨年から出品されていましたが、その時は車椅子で殆ど話しませんでした。

今日は作品の前で2ショットを取れるくらい良くなって教室も続けているそうで、良かった。独自の色使いと画風で岡澤先生の作品はすぐにわかりました。

Photo_3←中西さんは、F30号を7点出品、ノリノリでスッキリ洗練されて感じました。

昨年秋に娘さんが住むイタリアに行ってきた効力でしょうか?
この傾向が私は好きです。

とか言ってると、次回はまたガラッと変わったりして。(笑)

それにしても、たとえ趣味でも「発表をする場を持つ事が大切」。
と、私は以前から言い続けてきましたが、そこはお互いに意気投合。

岡澤先生も出品し続け、大変お元気になったのはそのせいでしょう。
だから芸術家は長生きが多いのか?
まあ、私は例外かもしれませんが…(^_^;)

Photo_4

余談となりますが、帰りに汎美会の運営委員の方々を紹介していただき、みんなで居酒屋へ。
出品数を増やしたい意向があるそうで、大きい絵を描ける方はお声をかけていただければ優先的に紹介できそうですよ。(^_^)v

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2018年3月14日 (水)

ホーキング博士の死を悼んで、私もファンの一人。

私は宇宙物理学なんてとてもわかる輩ではないけれど、それでも私はファンの一人。
今日のニュースで"ホーキング博士の死"を知り(76歳)心よりお悔み申し上げます。

3部屋中をひっくり返すと、読んだ本のうち3冊が見つかりました。→
この中で『ホーキング、宇宙を語る』がベストセラーだったそうです。
感想文など、このブログに結構しっかり書いていたのですね~
2006年2月12日 ホーキング、宇宙のすべてを語る

そのほかに関連した資料がたくさん出てきました。

Photo左の写真は、ホーキング博士、ダイソン博士来日特別講演の時のもの。
(1992年・一ツ橋の日本教育会館にて)
「身近になるほど不思議ーニューパラダイムセッション'92」
〔150億年目の選択〕Session-Ⅰ講演:宇宙における生命 S,W.ホーキング

もう一度読み直すか、時間かかるから止めるか?迷います(笑)

さらにそこで、ダイソン博士を知り、娘のエスター ダイソン (著)『未来地球からのメール』も読んだりしてかなりの衝撃を受けました。

ちょっと脱線しましたが、最近の宇宙物理学研究は多様な論文が氾濫し?私には不甲斐なさを感じています。
一時代が過ぎたのかな?と思うとともに、とても悲しいニュースでした。(..;)

参考のためにニュース記事の前文を転載します:
英宇宙物理学者で、筋委縮性側索硬化症(ALS)と闘いながら、独創的な宇宙論を発表し続けたスティーブン・ホーキング博士が死去した。英BBC放送などが14日、ホーキング氏の家族の広報担当者の話として報じた。76歳だった。ホーキング氏は、「車いすの天才科学者」として知られ、ブラックホールの研究などで多くの業績を残している。

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2018年3月13日 (火)

「日本大使賞」受賞・宋妍さんの訪日記録

13_2日本僑報社・日中交流研究所主催の第13回「中国人の日本語作文コンクール」で最優秀賞(日本大使賞)を受賞した宋妍さん(河北工業大学)が、副賞の「日本1週間招待」を受けて2月26日から3月4日まで来日、東京都内に滞在し、関係各所を訪問しました。

という出だしで、一週間の「訪日記録ページ」をウェブに公開しました。

私は第二次審査員として毎年作文作品を採点していますが、宋さんの作品『「日本語の日」に花を咲かせよう』に、私も最高点をつけました。

Soumailその時の感想は『受賞作品集』を入手したときに書きましたが、東日本大震災を授業のビデオで知り、NHKで「100万人の花は咲く」も知ったそうで。

252_1_2さらに昨日、「宋さんからの報告」メールが届いたので、それも「訪日記録ページの末尾にリンクボタンを付けて掲載ました。
ぜひご覧ください。

日本語を学びながら「花は咲く」を歌えば、これが中国全土に広がり、いつか日本人の心に届く…
という若々しく素敵な作品でした、『受賞作品集・日本人に伝えたい中国の新しい魅力 』はこちら。

ついでに本の宣伝をしちゃいました。(^_^)v

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2018年3月11日 (日)

昨日に続き、今日はあの日を偲んで黙祷。

東日本大震災から7年、テレビも各局で特集だらけですね。

Photo_2「頑張れ日本!」なんて、今となってはちょっと古いけど、私も少しは貢献しました。

あの時は、品川区のマンション13階に住んでいたので富士山が良く見えた。
右の写真は、震災の後、何となく「頑張れ日本、今朝の富士」と書き、ベランダから見た景色を合成したもの。

ただしあれだけのニュースに、家にいるだけではいかんと、思いついたのが「寄せ書き」

023月20日でしたが、西池袋公園でやっている日曜「漢語角」(中国語交流会)でそれを提案したのです。

義援金募金活動もやっていたのでちょうど良い。

2日後、人民日報(日本語版)が『東京漢語角 「頑張ろう日本」を合言葉に交流』と題して取り上げてくれました。

写真はその記事の一部、揮毫した私の名前も出てますよ(笑)

積極的な活動をされた方からみれば些細なことですが、7年経った今日も想い出します。
まだ大勢の行方不明者もいることだし、終わってはいないのだと、心に沁みてやみません。(..;)

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2018年3月10日 (土)

明日は忘れられない3.11、読売新聞の防災コラムにあの人が!?

S我ら「梁祝(リャンチュウ)会」の絵美さんから、おはようメールが!

「今日の読売新聞に私が出てます」とのこと、読売はとっていないので早速コンビニで購入。

何と、防災士で登場です。

03でも掲載写真がイマイチ美人なので、カラー版を載せました。(笑)

記事は「家庭の防災点検」。きっと明日(3.11)に合わせてでしょう。

わかっているつもりで読み始めると、何の準備もしていない自分をとがめたりして、結構引き込まれていきました。

「自分の命を救うため」のリュックですか、わかりやすい説明にも納得。

多才な彼女、いい仕事してますね~(^.^)/~~~

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2018年3月 7日 (水)

中国書道界のトップ、蘇士澍先生がお祝いの詩を揮毫。

写真は(2008年)、私の還暦の誕生日に「日中文化交流の会」を発足させ、北京でメディア発表した時。3日前に紹介しましたが、私の左側の方が今や中国書法家協会主席の蘇士澍(そ・しじゅ)氏です。

Photo書道家を中国は書法家と呼びますが、「主席」とはつまり中国書法界の第一人者。
日本では書団体がたくさんあるので、第一人者は大勢いるでしょう?(笑)

このお祝いの詩は、人民日報の潘衍習記者が、創立された「日中文化交流の会」に贈ったもの。
当時、たくさんの中国サイトに取り上げられましたが、以下は人民日報の記事。

Photo_2人民網(日本語):日中文化交流の会が成立 北京
人民網(中国語):日中文化交流会在北京成立

←また、人民網に「日中文化交流会、活動報告会を東京で開催」として、梁祝(リャンチュウ)会も一緒に取り上げられていました。

そういえば、当時「はてなブログ」に書いていた記事もまだ健全でしたので紹介します。

ああなつかしい、蘇士澍先生にまたお会いしたい。
なんて言わず、また復活させたい気持ちです。
(^_^;)v

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2018年3月 4日 (日)

昨日に続く…「王羲之のふるさと帰国報告」で、新たに知ったビッグニュース。

Photo_6我ら「梁祝会」の阿久津先生が、書聖「王羲之」の故居・山東省臨沂への見学から帰国され、送ってくれた何枚かの写真の中に、現代中国を代表する書家作品、という碑文があった。(左の写真)

←素敵な隷書が気に入ったので書家名を見ると、説明文に劉炳森:中国書法家協会副主席とある。

「中国書法家協会」(中書協)とは、中国書法界を束ねる唯一の公式な全国組織。
10年以上前に私がお世話になった蘇士澍先生は、確か理事だったので、彼より上の方かな?と

しかし、ウィキペディアで調べると、蘇士澍先生は現在(第七期)「主席」になっているのです。
ということは、中国書法界のトップではないですか!

2016年5月18日掲載の「美術新聞社報」には、そのニュース記事が。

Photo_7特別インタビュー「中書協新主席・蘇士澍氏にきく」
第7次・理事会の結果、新たに主席に就任したのは、前副主席で北京の文物出版社名誉社長(前社長)の蘇士澍氏(そ・しじゅ、67)で、今後5年間、同協会のトップとして中国書法界の舵取り役を担うことになった。

Photo_8あれからどんどん出世されたのですね~ビックリ。素晴らしいことです!
もう何年もお会いしていないので、全く情報を得られず、今ここで知って良かった。

阿久津先生からの報告のおかげで勝手な好奇心が広がり、現地に行かずして大事なニュースを掴みました。

Photo_9上の写真は10年前、北京で開催された「日中文化交流の会」発足式とパーティ会場にて、揮毫された祝辞を披露。(当時の私と蘇先生)

実はこの日は、私の還暦の誕生日でもあり、記念すべきイベントでした。

これらは全て蘇士澍先生が揮毫されたもの。
Photo_12自宅の押入れにしまったままだったので改めてチェックしました。(笑)

←今も使っている私の名刺の書「塚越誠」もそうなのです。(笑)

下の写真「群賢畢至」は、著名芸術家たちが集まるパーティ会場で揮毫された序文。↓

※王羲之の「蘭亭序」より。意味は、群賢ことごとく至り(大勢の賢人たちが来場し…)
Photo_11
私にとって嬉しい更なる情報、阿久津先生のおかげです。(^_^)v

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2018年3月 3日 (土)

「梁祝(リャンチュウ)」と書聖「王羲之」の関係。

我ら「梁祝会」の阿久津先生からお便りがあり、昨日、中国・山東省(王羲之の故居がある臨沂)から帰国したとの事。↓

Photo教職員時代の先輩(国際教育学術交流コンソーシアム理事長)の一員として招かれたそうで、行く前に私に「王羲之」について前知識としていくつか質問がありました。

書聖「王羲之」といえば、書道をしていない人でも名前は知っているでしょう。

本籍は山東省・臨沂だが、成人以降は出仕し地方転出を請うも、45歳で政治文化の中心地、会稽(浙江省紹興市付近)の内史(+右軍将軍)となるわけですが、特に優れた「書」はこの時代のもの。

Photo_3Photo_5また、王羲之の親しい友人の謝安(当時の総理大臣)は、(梁祝愛情故事の悲劇のヒロイン)祝英台を「義婦」とし墓を「義婦塚」と奏上したという。→
謝安は上虞(浙江省上虞市)の東山に居を構え、祝英台の祝家も上虞市に。

王羲之はこの会稽の地が好きで官界を退くも逸民となり、また、謝安も政治はあまり好きでなく、書をよくし清談・遊宴をこととした文化人だったようです。

というわけで、梁祝(リャンチュウ)と王羲之、謝安は、深い関係にあるのです。

Photo_2今回の(突然の?)阿久津先生の臨沂訪問により、ここでも梁祝と王羲之が繋がりました。
なんとも不思議だらけの「縁」を感じます。(笑)

←写真は、王義之が硯を洗ったと言われる「洗硯池」、別名「硯池」「墨池」「鵞池」。

ところで阿久津先生は、現地で食事に招かれた時、著名な現代書法家「王杰宝」の書をもらったそうで、羨ましい話。

と思ったら私にもお土産が!「『蘭亭序』の拓本をお土産に買ってきました」と。

嬉しいお気遣い!近々にお会いできるかどうかわかりませんが感激です。(^_^)v

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2018年3月 1日 (木)

デスクの上は、厳冬の中で彩るシクラメンの花がいっぱい。

今日から3月!毎年息子夫婦が贈ってくれるシクラメン、綺麗でしょう。

Photo_2"春嵐(はるあらし)"、東京の通勤時間は暴風雨と春雷で大変なことになると、天気予報が大騒ぎしていたので朝のウォーキングは中止。

ところが、たいした事は無く調子が狂ったけど、
私の机にはシクラメンの花がいっぱい。"冬を代表する可憐なお花"だそうで…。

真ん中のは昨年の暮れ、右のはおととし。(黄色の花はおまけ)。先おととしのもベランダで4つ5つと咲き出しました。もちろん我ら夫婦で大事に育てているからで、今年のあの寒さの中、ずっと心を暖めてくれました。

さあ、厳しい冬の寒さも昨日まで、明日からはきっと春ですね~。
なんて、お花の前で"春到来"をつぶやきました。(^_^)v

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