カテゴリー「学問・資格」の254件の記事

2017年10月15日 (日)

昨日のシンポジウムのあとは、ミニ「梁祝会」。

昨日のシンポジウムのあと、我ら3人は本郷三丁目界隈の居酒屋を求めフラフラと。

結局シンポジウムの話題から離れ、ミニ「梁祝会」となりました。(笑)
(写真右端は、渡辺先生が高校教師時代の同僚で、阿久津先生)

301ここで繰り広げられた話題は、私が書いた先日のブログ、「壁に書かれていた王羲之の「姨母帖」と「初月帖」!」について新事実がわかったからです。

このことに渡辺先生も関心を持ち、「上虞祝府の王羲之の書に関して、なぜあそこにあの文字があるのか?」と、現地に質問してくれたのです。

返事:写真の前にある人物は王羲之で、書はその通り王羲之の作品「姨母帖」と「初月帖」です。
それがここにある理由は、祝府テーマパークに芸術的雰囲気を醸し出すためと思います。文の内容は祝英台(チュンインタイ)と関係ありません。とのこと。

Photo_6そうですか、男の人形は祝英台の父親かな?と思ったけど間違えでした。王羲之そのものだったのですね。

ただし私の疑問はもうひとつ、右から3行目の文字「姨母」が、壁の模写では「姨女」になっている件です。

(左が現地資料館の展示物の写真、下の画像は原本の部分アップ)

Photo_8これについても渡辺先生が質問を送ってくださいました。

先方は驚き、さっそく会長および研究者に連絡を取り、分析と見解を求めた結果、なんと資料館側の間違えだそうで、その経緯と理由も伝えてきました。
同時に、指摘をした渡辺先生への敬意と感謝の辞が添えられていたのです。

中国人は一般的に己の否を易々と認めないそうです。しかし、先方のこの謝辞は渡辺明次先生への信頼がいかに厚いかを物語っていると思います。

ところで、祝府の陳秋強会長からこの問題とは別の驚くべき新事実を知らされ、(それは東晋の時代の「書」に纏わることでもあり)、私の好奇心が再燃しました。
あまりに奥深い展開なので、渡辺先生の日本語翻訳文をもとに、後日、改めて紹介させていただくつもりです。(^_^)v

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2017年10月 8日 (日)

壁に書かれていた王羲之の「姨母帖」と「初月帖」!

梁祝(リャンチュウ)(梁祝愛情故事)は1500年以上昔の東晋(AD317~420)の頃の話。その伝説の真実性を追い、書籍等で日本に伝えた最初の研究者が渡辺明次先生。

Photoそして右の写真は、昨年春に渡辺先生と訪れた(浙江省)上虞市にある「祝家テーマパーク」資料館の展示物。
一瞬、男の人形にドキっとしましたが…(笑)
この地こそ(悲劇のヒロイン)祝英台の生家。手前の人形は父親(叔父かな?)。
それより私は、背面の壁の「書」が気になって写真を撮っておいたのです。

Nishikawanei_2今日は書の研究の一環で、西川寧先生の著書『猗園雑纂(いえんざっさん)』を読み直すと、「晋人の墨蹟」の項の文中に出てきたのが、王羲之の「姨母帖」。(下の画像)↓

02そうだ、思い出した。あの壁の「書」の右半分はこの「姨母帖」の模写でした!
大意は「11月13日、王羲之は叔母の死を礼拝しつつ、悲しみ、途方にくれている」(咸和5年、羲之24歳の時らしい)
しかし、良く見ると、右から3行目の「姨母(おば)」が、壁の書のほうは「姨女」になっている!
ということは、勝手に勘ぐると、(悲劇のヒロイン)英台の死を痛んで「姨女」に代えたのではないかと?
「姨女」なんて言葉は無さそうだけど…、と言って間違えた訳ではないでしょう。

Photo_2←左半分(初月12日…)は、やはり王羲之の初月帖(しょげつじょう)
大意は「本人が病で弱っている近況」(王羲之が官を辞した53歳以降の晩年の書)とか。

王羲之は、真に「梁祝愛情故事」と同じ時代に、この地域に生存していたわけだから、これらはそれを意識して造られたのでしょう。

Photo_5ところで、『猗園雑纂』を読み続けると、24歳の時に書かれたというこの「姨母帖」の書法は、書聖(王羲之)の数々の名筆には見られない当時の流行文字!?

右の写真は、新疆で出土された「李柏尺牘稿」ですが、
李柏という王羲之と同時代で正史にも名のある人の書で、「姨母帖」と同類のところがある最も素晴らしい行書風の一枚。
つまり「姨母帖」を愛するものは、王羲之中年の頃の、古意が多く最も行書風のこの真髄を味得すべきであると。

さすが現代書の巨匠(西川寧先生)、私の書の幅を広げる意味でも良い勉強になりました。(^_^)v

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2017年10月 4日 (水)

「日本語作文コンクール」、1等~3等の入賞者を発表!

Photo
日中交流研究所主催の「第13回・中国人の日本語作文コンクール」の審査が着々と進み、3週間前に、このブログで3等賞以上81名を発表しましたが、第二次審査ではその中から選出された上位21名を採点。

私も採点に加わり、1等賞(6名)と2等賞(15名)の入賞者が確定しました。↓

23_3ただし1等賞の6名の中から、後日、在中国日本大使が自ら採点、最優秀賞(日本大使賞)1名が決まります。
従ってトップ6名の順位は現在未定となっています。

このコンクールは13年目を迎え、日中関係が難しい中でも年々応募数が増え続けてるのはスゴイこと。
さらに審査していて驚くのは彼らの日本語力、完璧に近いので採点するにも疲れます。(笑)

実はこれには、中国で日本語を教えている日本人教師たちの熱意と努力が欠かせません。もちろん中国人教師も同様、先生方の名は入賞者一覧の右側に掲載してあります。→

作品の内容、教師たちの情熱ともに日中間の相互理解に役立っていることは間違いない。また、ただ単にコンクールで盛り上がるだけでなく入賞作品集を刊行しているのも共鳴できます。

最後に、半年にわたる多忙な事務局の方々の頑張りも見逃せません、お疲れ様です。本当にたくさんの方々の賛同と協力で継続ができているのだなあ、と毎年毎年感動です。(^_^)v

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2017年10月 2日 (月)

渡辺明次先生、中国・蘇州に招かれ私の"書"を披露!

写真は先週中国から帰国された渡辺先生、出国前に私が揮毫した"書"(孟姜女口承伝説)をお披露目くださっているところ。

Photo先生が10年前に出した本「孟姜女(モウキョウジョ)口承伝説集」の題名ですが、
このたび蘇州にて「渡辺明次を囲む座談会」が行われ、写真を送っていただきました。

何か、若い女性ばかりですね~!(笑)

下の座談会の写真、正面のスライドには『「中国伝統文化的伝播者」日本学者渡辺明次先生座談会』とあります。

Photo_2確かに、中国伝統文化の伝播者ですね!

でもこの座談会は、渡辺先生のために組まれた分科会であって、
蘇州に招かれた第一の理由は、現代蘇州の口語長編叙事詩『常徳盛』シンポジウムに参加すること。

渡辺先生自らブログに詳しく書かれましたが、
『常徳盛(じょうとくせい)』とは、貧しい農民であった常徳盛氏が築き上げた豊かな理想の農村の話、中国共産党・習近平の新農村運動の一環でその旗手と掲げる。

常徳盛氏は現在74歳、生存中なのに記念館や伝記があり、そのシンポジウムでした。
実は、この伝記を今回渡辺先生を招いた馬漢民氏が書いているのですが、
お二人の関係は私も先日のブログで紹介しました

Photo_3
結局、馬漢民先生は渡辺先生にこの本の日本語翻訳を依頼したそうです。
(蘇州で出版する予定)

ああ、中国人との付き合いは個人と個人の信頼関係を得ることで全てが上手くいくのでしょう。(^_^)v

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2017年8月10日 (木)

今年も作文コンクールの審査を。

日中交流研究所主催「中国人の日本語作文コンクール」の第二次審査を頼まれました。もう13回目になるんですね!

12右の写真は北京にて前回(第12回)の表彰式。→

「今年は4031本の作文が寄せられ、第一次審査を通過した作文の中から約21本を第二次審査として先生方にご審査いただきたく存じます。」
との事で、上位21本の作文が送られてきました。

審査するに当たって、中国の若者たちの"生の声"を聴けるということは、マスメディア等を通じて知るより遥かに信憑性ある情報で、光栄なことでもあります。

さあ、これから全文を読ませていただきます。(^^)v

ところで、このような企画は他にもありますが、作品集として出版しているのは
日本僑報社だけでしょう。第1回から12回までの受賞作品集はこちらです。

Photo

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2017年7月 8日 (土)

日中国交正常化45周年を記念しての講演会へ。

今日は言語学の勉強!?、東上線・東武練馬駅すぐの「大東文化会館ホール」へ。

Photo大学の講義を受けてるような、研究報告的な講演会でした。
それもその筈、開会の辞が大東文化大学名誉教授、総合司会は同大学教授という具合。

きっかけは先月予告しましたが、高橋弥守彦教授の著書『中日対照言語学概論』の推薦文を、我ら「梁祝会」を応援してくださっている続三義先生(東洋大学教授)が書き、
今日の司会も務めるということを知り、渡辺明次梁祝会長に話すと「出席しましょう」と。

Photo_2上の写真は、高橋弥守彦教授と↑

そして間もなく、「梁祝会」から浦野先生、阿久津先生も参加申し込み。
乗りがよくて素晴らしい!(笑)
左から阿久津、渡辺、続先生、浦野氏

Photo_3今日は続三義先生にお会いし、昨年のお礼かたがたご挨拶。が目的ではありましたが、
二名の方の講演を聴くうちに、日本と中国の言語の違いを比較対照していく話に興味津々、
両国の文化、民族性などの特長までうなずいて聴き入るようになりました。

Photo_4普段無意識に使っている日本語の表現が、中国語では不思議に思うなどなど、
これぞ「言葉と文化を知るは相互理解の第一歩」ですね。

Photo_6今回は、日中国交正常化45周年を記念しての講演会でもありましたが、
我々はこの後の懇親会には出席せず、池袋の居酒屋へ。

「梁祝会」の話が盛りたくさんあるので、こちらですっかり飲み続けました。(^^)v

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2017年7月 3日 (月)

中国留学体験者のエピソード、受賞者発表。

多くの新聞記事でも取り上げてくれた
日本僑報社主催の「第1回・忘れられない中国留学エピソード」応募作品が
5月末で締切られ、1等賞10名、2等賞15名、3等賞20名の受賞者が決まりました。

Episodetop中国留学体験をお持ちの応募者による様々な力作、厳正な審査であるからこそ大変苦労したそうですが、早速、専用のサイトを作り、本日発表しました

おめでとうございます。→

1等賞受賞者は全員、副賞として駐日中国大使館主催の「一週間中国旅行」に招待。
というからスゴイ!

掲載は氏名と属性のみですが、年内には受賞作品集が出版される予定。
原文はもちろん日本語ですが、中国人にも読んでいただけるように
日中二カ国語版で刊行されるそうです。

より詳しくは、日本僑報社のニュースリリースをご参照ください。

第1回目にもかかわらず100本近い応募総数、毎年続けていくでしょう。

私は資格なしですが、留学体験をお持ちの方は、来年(第2回)への準備を!
いかがですか?(^^;ゞ

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2017年6月22日 (木)

上虞から嬉しい写真の便り!?

渡辺明次先生(日本梁祝(リャンチュウ)文化研究所長)から届いた1枚の写真。

Photo_2これは、私が揮毫した2枚の色紙を手にしている、陳秋強会長(左)とご子息の陳剣峰氏。→

帰国され、私の「書」を陳秋強会長に見せてくださったのですね、嬉しい!

この状況を説明すると、
一週間前に、梁祝愛情悲話のヒロイン(祝英台)の出身地である上虞から来日した、陳剣峰氏の歓迎会を催しましたが、その時に私が揮毫してきたこれらの「書」を差し上げた訳です。

02という事は、歓迎会の時は陳剣峰氏と、そのご子息(陳一帆君)が手にし、今度はそのまた父親の陳秋強会長の手に。
つまりこの話には、祖父・息子・孫と三代が登場しているのです。(笑)

←それはそれとして、祖父である陳秋強翁は中国英台文化研究会の会長で、立派な書をお書きになる方だと今回はじめて知りました。

写真は隷書で書かれた陳会長の双幅、私の自宅に持ち帰りちゃんと写真を撮りました。

ところで、日本で勉学中のお孫さん(一帆君)を故郷で心配されているのでしょう。
歓迎会の前日、鎌倉観光案内とともに紹介した御仁である、桜美林大学の金英秀准教授(写真中央)にも揮毫し、額装で持たせ、差し上げたようです。大きく右から「厚徳載物」、素敵な「篆書(てんしょ)」です。↓

Photo_3この写真も渡辺先生から送って戴いたものですが、この「厚徳載物」の意味を質問するとすぐに返事が。
「高い徳のある者、(義務感を持って)他者に善を施す」(かって皇帝が閣議を行う宮殿などに掲げられていた)

さらに参考となるサイトまで!
「厚徳載物」を 習近平国家主席夫人(彭麗媛)が、北京を訪問したミシェル・オバマ米大統領夫人に贈呈した。と、ある方のブログ記事より。

こんな情報まで調べていただき、渡辺先生にはいつも感謝していることです。
私ごとき「書を嗜む日本人」としてはとても助かります。

という訳で、今日のお便りは寛容なる皆様に感謝感激でした。(^o^)/~~~~~

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2017年6月 6日 (火)

日本人と中国人対象の二つの公募原稿が締め切られる。

日本僑報社主催の二つの公募原稿の締め切りは先月末日でした。

2017cnposterその応募総数が、
「忘れられない中国留学エピソード」は90本以上が集まったそうです。
これは中国留学経験のある日本人が対象で、第1回目にしては素晴らしい数です。
たくさんのメディアが記事にしてくれたおかげも大きいでしょう。
こちらにメディア報道がまとめてあります

2017posterもう一つは、第13回目となった恒例の「中国人の日本語作文コンクール」で3,952本、
昨年の史上最高数(5,190本)には劣りますが依然としてスゴイ応募数です。

これからの事務処理に時間がかかりますが事務局は人手が足らないようです。

私も事務的作業を少しお手伝いしました。

この両コンテストは基本的に営利目的でない運営なので、できれば発送を手伝ってくださる方の協力を求めているようです。
ホント、大変なのです。(^_^;)

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2017年6月 2日 (金)

「言葉と文化を知るは相互理解の第一歩」の講演会

240_4今月下旬に発売される『中日対照言語学概論』という硬くて難しそうな書籍。

しかし、オビの言葉にある「言葉と文化の理解は相互理解の第一歩」が、言い当てているとおり、日中間に限らず、歴史を背負った互いの相違点を知るは、理解し合うに足る研究だと思えます。

しかも言葉に現われる民族性や不可思議性には興味が尽きない。

実は、この本の推薦者に続三義先生が!
販促チラシを作るうえで知って驚きました。

Photo続先生は東洋大学教授ですが日中対照言語学会理事長でもあり、正にこの学問のオーソリティでした。

我々が活動している「梁祝会」を応援し、忘年会などにも快く参加してくださいます。

20170708
上の写真は逆に我々が先生(中央)の講演を聴きに行ったときのもの。

←来月の8日には、著者の高橋弥守彦氏の講演会があるのでこのチラシも作りましたが、続先生が司会をされると。

渡辺明次先生を誘って出席しようかなと思っています。

きっとためになるお話が聴けるでしょう、
続先生には今年はまだお会いしていないことですし…(^^)v

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