カテゴリー「学問・資格」の242件の記事

2017年4月 7日 (金)

西川寧の著書「猗園雑纂」と北魏の「書」

Photoちょっと専門的な話になりますが、
西川寧の著書で「猗園雑纂(いえんざっさん)」を読み直しています
(「猗園」は著者の斎号、「雑纂」は随筆集のようなもの)

明治初期に中国(清)の学者(楊守敬)が持ち込んだ、北魏の時代の書が近代日本の書に大きな影響をもたらしたわけですが、
私は、習いたての当時、これらの拓本を師匠から見せつけられ、唖然とし、不思議な魅力に感化された若輩です。
(下にその拓本の一部分を拡大して載せました)

Photo_2早速古書店で仕入れたのがこの「龍門20品」。
これを学ぶものを碑学派と呼び、元来の帖学派と別れることとなります。

西川寧先生は"昭和の三筆"の一人、"書の巨人”とも呼ばれ文字学研究者で、書壇を驚かす強烈なインパクトの作品を数々残した大書家。(ウィキペディアより)

Photo_3西川先生曰く、「龍門の造像銘などを見て、なんでこんな野蛮な字がいいのだ、第一これは下手な石屋の刻りぞこないではないかという人がある。書法を好み技術を愛する人から見ればそれも無理はないが、-中略- 少なくとも芸術的な感興の最も根源的なものを知る眼には、手ばなしで(龍門は)面白いという感じが映る筈だと思う…」
以下略

←左は「牛橛造像題記」の一部分
つまり、これらの字がくだらないと見る人には芸術的素養がないということ!

私は初めて龍門の拓本を眼にした時から、感動とともに「書」を本気で学ぶ気になったわけで、それで良かったのだと自負しております。(笑)

※龍門石窟の書について、明日に続きます。

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2017年3月 8日 (水)

「日本大使賞受賞者」の訪日記録

例年どおり、昨年12月に「第12回中国人の日本語作文コンクール」の表彰式が北京の日本大使館で行われましたが、
Photo_2最優秀賞(日本大使賞)の白宇さんには副賞の「日本一週間招待」が与えられ、先月20日から27日まで来日。その訪日記録を日を追ってまとめました

彼の受賞作は、横井大使が一押しの「二人の先生の笑顔が私に大切なことを教えてくれた」。作品のタイトルどおり日本語教師の陰の努力が欠かせません、指導教師の丹波秀夫先生もこの訪日に同行しています。

また、過去の大使賞受賞者の記録がこちらから見ることが出来ます

共通して言えるのは、日本の著名人や政界の要人などを次々に表敬訪問するのが驚きです。もちろん協力スポンサーや、マスコミ(新聞社、NHKなど)関連にも時間刻みで廻るので、スケジュール的にはかなりハード。

Photo_413年目を迎え、この活動は広く認められたといえるでしょう。
主なメディア報道はこちらのサイトにまとめてあります

年毎に応募総数が激増している、「中国人の日本語作文コンクール」(日中交流研究所主催)が、永く続くよう、私も一審査員およびウェブサイトの構築で応援しています。(^^)v

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2017年2月24日 (金)

最優秀賞(日本大使賞)受賞の白宇さんが来日

日中交流研究所主催(所長:段躍中)の「第12回・中国人の日本語作文コンクール」。

Photoみごと最優秀賞(日本大使賞)を獲得した白宇さん(蘭州理工大学)が副賞の「日本1週間招待」で来日しました。
←写真は去年12月、北京での「表彰式&日本語スピーチ大会」で、横井大使と。

とにかく今週は表敬訪問および、国会懇談会と記者会見、日中教育文化交流シンポジウムなどスケジュールぎっしりです。

Photo_2もちろん、所長の段躍中さんも忙しいわけですが、
表敬訪問の一人で、小田原外務大臣政務官の座右の銘が「我未だ木鶏たりえず」と知り、段さんが閃いたのは色紙にこの文字→
私が揮毫を頼まれました。
※木鶏(もっけい)とは、木彫りの鶏のように全く動じない闘鶏における最強の状態をさす。 荘子(達生篇)に収められている故事に由来する言葉で…(ウィキペディアより)

鶏の字は、新年にたくさんの方々に差し上げたので書き慣れているし、これは良いと承りました。

Photo_3ハードスケジュールの中、段さんから渡され、写真も撮ってきてくれました。
←あっ、政務官のテーブルに私の書が!(笑)
左端は白宇さん。

私も陰ながらお役に立てたのなら嬉しく存じます。(^^)v

ところで、過去の受賞者たちの訪日報告はこちらのサイトにまとめてあります

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2017年2月18日 (土)

懐かしの、梁祝(りゃんちゅう)日誌、全22編。

Vol_152来月予定の、梁祝会での訪中に向け、鎌倉の古野さんから期待をこめたメールが届く。

古野さんは「戯曲梁祝」の作者、日本で初めて舞台公演を鎌倉で実現させた方で、
「8年前に綴った掲題”日誌”を再度、見ました。あのころの”青春真っ盛り’の高揚感を懐かしく思い出しました…(以下略)

Vol_112この日誌とは、当時私が梁祝のウェブサイトに連載でアップした舞台裏(全22編)の話です。
古野氏が書かれた文章で長文ですが、時間がある方は読むとおもしろい。

Vol_141その中で、私にとって懐かしい写真を載せました。(何枚も載せられないので以下の日誌ページをクリックしてご覧ください)

日誌9、作者で監督の古野氏が祝英台の父親役も演じる,
日誌11、蝶々となるシーンをバレエで演じた大徳隆子さん(祝英台が舞う)
日誌14、我ら「梁祝会」が東京から見学に訪ねる(私が題字を揮毫)
日誌15、梁山伯と祝英台の衣装合わせとポスターが出来上がる
日誌22、鎌倉舞台公演が成功裏に終わりホッとしている古野氏

Vol_07←そして、日誌7は、私とヒロイン(祝英台)を演じた青井さんとの2ショット。
銀座の画廊での個展を観に来てくださった時の写真がなぜか?掲載されていました(笑)

これらの写真は、古野氏のメールの意向に反し私の気分でセレクトしたもの。写真はまだまだあるので、訪中したら是非、現地の会長たちに報告してくれることでしょう、
期待しています。(^^)v

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2017年2月16日 (木)

見習うべき中国の書道文化!

Photo_3直接はお会いしたことがないのですが、去年日本僑報社から刊行された日本語版「中国名記者列伝」の編著者で作家の李東東さん。
(写真中央の女性、左は段編集長)→
この本については、発売時ブログに書いたので省きますが、実は私も翻訳のお手伝いをしたのです、巻末に小さく名前が載っています。(笑)
来月には、姉妹版というべく「新中国を拓いた記者たち(上巻)」も刊行予定。
Photoいづれも清朝末期の時世と戦う新聞記者たちが、信念をかけた仕事ぶりを紹介。
今のマスコミには是非学んでほしい、などと感動。

前置きが長くなりましたが、

←写真は李東東さんが出した作品集、先ずは大変豪華な化粧箱に驚きました。(ずっしりと重い!)
タイトルは「賦心墨韻」
意味的には「心に感じたことや事物を直叙した文に名書家が筆を揮う」って感じかな?

Photo_5著者:李東東
書家:范敬宣、慮中南、張志和

目録:5つのエッセイ(5つに分冊)→
寧夏賦-范敬宣/鐵道大學賦-范敬宣/協和賦-張志和/軍事外交賦-慮中南/泌園春・祝遼寧艦遠航-慮中南

Kimg0099_2つまり、現代の作家は活字で印刷された本を出しますが、これは李氏のエッセイを3人の書家が揮毫、何と贅沢な作品集なのでしょう。

日本の書家が作家や画家などとコラボした芸術作品には、あまりお目にかかったことがない。
私はずっと前からいつかそれを果たしたいと希望していたのです。
Kimg0100_2生徒を集めたり書道展に出すばかりでは文化にならないのでは?
素敵な作品に触れ、本家中国の書道文化が身にしみる。
と、ついにつぶやいてしまいました。(^^;ゞ

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2016年12月18日 (日)

小学生のお習字パワーに囲まれて!(笑)

Photo素晴らしい!壮観ですね。→
部屋全体が小学生の作品群。
小学六年生パワーに囲まれて…。圧倒されました。(写真)

さて、ここはどこ?

上野・東京都美術館で開催中の第43回・現代書道院展の「子供の部」。
「現代書道院」の創設者は仮名(かな)書の大家、岩澤蕙堂で、現代書を専門に生涯取り組まれた方。
8年前に東京セントラル美術館で遺作展を観て以来、好感を抱いています。

01←写真は「悦堂賞」と「七十周年記念賞」を受賞された役員の方々の作品。
日本古来の古典(かな書)を基軸に追求された現代書が気持ち良い。

Photo_2国内屈指のマンモス組織ですが、私の書の友人須藤惺香さんからの誘いで新作も拝見。→

最近、かなの師範になられ雅号も取得されたようで、まだまだですが、前向きに精進されている様子が作品に現れ応援しているのです。

今日は、上手い下手だけで書を見るのでなく、
小学生から大人まで、人となりを観るという感動を覚えました。(^^;ゞ

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2016年12月10日 (土)

昨夜は、梁祝(リャンチュウ)忘年会。

今年は梁祝会にとって、春から驚くべき出来事と予期せぬ事態が繰り返されましたが、それらのことがむしろ有意義かつ大変希望に満ちた一年となりました。
梁祝のHPをご覧ください→ http://www.liangzhu.jp/

渡辺明次(梁祝会会長)が「お集まり頂き、報告会兼ねた忘年会を開きたい」と。

Photo私(広報部長)が幹事となり、大変お世話になった方々に予定を尋ね、10名の個室を確保。
暮れの慌ただしい中、大多数が遠方からのご参加で実り多きものとなりました。

本日の特別ゲストは、

日本に留学中の陳一帆君(20才)、春の訪中で大変お世話になった上虞市英台文化研究会・陳秋強会長のお孫さん。(私の隣の男性)↑
来年の干支の「鶏」を差し上げました。(もちろん皆さん全員の分も持参)

01次に、鎌倉の舞台公演でヒロイン祝英台(チュウインタイ)を演じられた女優の青井聡子さんがはるばる和服姿で参加くださいました。

Photo_3そして、福島からは福島市日中友好協会の山田会長(82歳)。山田さんは東北で9件の「養老乃瀧」を経営、我々「梁祝会」の会場(池袋・養老乃瀧)も、お酒も、料理も!毎度甘えさせてもらっています。

さらに、今日に予定を取っていただけた、続三義先生(東洋大学教授)は、渡辺先生の訳本の監修(監訳)以来、ずっとご協力とアドバイスをいただいております。

Photo_2だいぶ遅れて(仕事で)駆けつけてくれたのが正谷絵美さん、何と、彼女も和服で!→
(写真中央)中国語が堪能なおかげで春の訪中では大変助かりました。

まだまだ紹介するに足る方々ばかりですが、この辺で割愛させていただき、
皆さん年齢差を超えて盛り上がってます。
うるさいくらいに皆よくしゃべる(笑)

03耳を澄ますと、どうやらヤバイ話が進んでるようで、
それは、
「来年3月にみんなでまた訪中しましょう」なんて事になりつつあります。
でも今春も考えていなかったことが実現してしまったのだから、どうなることやら?

それはともかく、梁祝会をずっと続けていく元気が出ました。ご多分に漏れず「継続は力なり」でしょう。
ところで、遠方からの皆さんホテルを取ってるそうで、おやすみなさい。(^^)v

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2016年12月 6日 (火)

中国若者たちの「生の声」-作文集

毎年恒例の「第12回・中国人による日本語作文コンクール」の受賞作品集を入手しました。中国若者たちの「生の声」シリーズ⑫です。(写真)

12_2私の名前も(第二次審査員なので)215pに出てますよ(笑)

今回のテーマは3つ、
(1)訪日中国人、「爆買い」以外にできること
(2)私を変えた、日本語教師の教え
(3)あの受賞者は今――先輩に学び、そして超えるには?

最優秀賞(日本大使賞)は白宇さん→(表紙のオビの男性)の作品で、「二人の先生の笑顔が私に大切なことを教えてくれた」。

応募作品はテーマの「爆買い」より「日本語教師」が多かったのですが、
実はそのわけは、中国で日本語を教える日本人教師の存在が輝いているのです。

多くの生徒たちは初めて日本人と接する訳ですが、教師たちの心と熱意が伝わるのでしょうか、日本人への憎しみと偏見が180度変わってしまうのです。

これこそ一般の報道が伝えない「生の声」
この作文コンクール企画が日中間の相互理解と民間レベルの友好交流に役立っていることは確かです。

ところで、この逆の企画があればさらに加速するのだけど、如何でしょうか…(^^;ゞ

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2016年11月17日 (木)

2016年「梁祝(リャンチュウ)忘年会」を予約。

10/23の予定だった、中国の「梁祝文化研究会」ご一行12名の訪日が延期となり
準備していた鎌倉の「戯曲梁祝」公演スタッフたちは、やむを得ず同窓会に変更、そこに我々が参加したわけですが
今度はこちら(東京)で、忘年会の計画を立てました。

Photo
昨年は当日の参加者が大幅に増え、嬉しい事でしたが、今年は10名の個室を予約。

Hp02s・先ずは、鎌倉「戯曲梁祝」でヒロイン祝英台を演じた女優の青井さん、
・そして、東洋大学教授の続三義先生、(訪日ご一行に備え、「梁祝伝説」をテーマに学生40名に講演を手配してくださっていましたが、訪日中止で断念。)
・さらには、中国「上虞市英台文化研究会」の陳会長のお孫さん(留学中で?練馬区在住)が参加を希望。

この3名の方を今回のメインゲストとしてお迎えしましょう。(※上下の画像は梁祝ホームページから

Hps続いて素晴らしい方々も参加!
・福島市日中友好協会の山田会長、
・正谷絵美(日本梁祝文化研究所員)
・浦野先生(元淮陰師範学院・日本語教師)
・渡辺明次(日本梁祝文化研究所所長)
・渡辺先生の教職員時代の同僚阿久津先生
・渡辺先生の実の弟さん
・末席には私(日本梁祝文化研究所広報部長)の10名
となりました。本日、池袋「養老乃瀧」に(12/9)最終確認して準備完了。
今回は初対面同士の方が多く、それがまた楽しみです。(^^)v

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2016年11月13日 (日)

私が崇める、禅林墨跡。

虚堂智愚、大燈国師(宗峰妙超)、一休宗純、この三高僧の有名な墨跡を並べてみました。禅僧の書は、いわゆる書道家とは違い、技巧を超えた大きなスケール。

Photo_3①虚堂智愚(きどう ちぐ、1185年 - 1269年)は中国・南宋時代の禅僧。その墨跡は張即之の書の影響か?

②大燈国師は、虚堂の孫弟子。開山した大徳寺は茶道と密接な関係にあり、師である虚堂の墨跡は重んじられた。

③一休宗純は、大燈国師を最も尊敬し、虚堂7世の孫にあたると(自称だそうで)。

こういう師弟関係なのですが、書はそれぞれ個性あふれ凄い迫力です!

日本人には一休さんが最も身近でしょう。写真の「諸悪莫作」と「衆善奉行」は書に関わらずとも見たことがある筈、七仏通戒偈の初めの2句だそうで。

私は一休さんが好きで、昔は一休『狂雲集』読み、憧れたものでした。(笑)

Photo_2三人の書の関係を調べると:
一休の書も中世から近世の墨跡の中で特に際立ち、珍重された。
破格といえるその書は、一見しただけでは中国書法とのつながりがほとんど感じられない。しかしそこには、黄庭堅や張即之の書風に虚堂智愚の雑体書風が加味され、さらに宗峰妙超の運筆が見られる。
つまり和様と中国風が合体した無法の書で、近世の墨跡の先駆けとなった。

私も独自の書を切り開く良きヒントになれば、と常に崇めているのです。(^^;ゞ

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