カテゴリー「学問・資格」の266件の記事

2019年4月20日 (土)

五山文学と梁山伯と祝英台!?

Photo_37 梁祝(リャンチュウ)愛情故事の更なる調査・研究を続ける渡辺明次先生
調べ事で今日は国会図書館に行くので、夕方神田で会えないか?との連絡が。

Photo_39昨年参加した、中国・宜興で開催された「梁祝演劇祭」に招聘くださった、路暁農先生からの依頼だそうだ。

夕方4時、ここは神田の居酒屋、「清龍(神田店)」。先日入った池袋本店の支店で渡辺先生お気に入りの店です。

先生は早速、今日の収穫をテーブルに広げ「今の段階では希望の全てが見つかったわけではないが」と言いつつ、語り始めたのは『五山文学』の説明。

Photo_38『五山文学』とは、鎌倉時代末期から室町末期、京都・鎌倉の五山禅林を中心に、禅僧の間で発達した漢文学の総称で、中国宋の禅林で詩文が盛行し、日本から学僧が渡宋、また中国の禅僧が帰化するようになり、僧侶の間に漢詩文が流行。後に、双璧(義堂周信 と絶海中津)の出現により盛況をきわめた。というもの。

 しかし、年代が全く違う「梁祝愛情故事」とどんな関係があるのか?私の疑問に対し、実はそれが渡辺先生のミッションで、国会図書館でこんな漢詩文を見つけてきたのです。上の写真は部分アップですが、左から祝英臺墓、良三伯墓(梁山伯墓の間違えか?)、そして羲之故居)

 Dvd_3 えっ!?右端の羲之故居とは書聖・王羲之の名ではないのか?私は驚き疑問を投げかけました。
これから先生が研究されるので、今日はここまでですが楽しみですね~

Wan梁祝故事と王羲之は4世紀に実在した訳だが、五山文学は13~16世紀。こんなに時間を隔ててまで名前が並んで登場するとは、何という因縁か。

「梁祝」と「五山文学」の関係は、かなりの学者さんでも知らないでしょう。と渡辺先生(笑)

Kimg0013 ところで余談ですが、私が敬愛する一休宗純(とんちの一休さん)の著書『狂雲集』も広義では五山文学に入るそうで、
私の知る限り、室町後期の社会は僧侶たちの堕落が横行し、嘆き、憂慮した一休は自ずから不良禅僧と化し編纂したのが『狂雲集』。
うろじより むろじへ帰る 一休み 雨降らば降れ 風吹かば吹け <一休宗純>
※有漏路(うろじ)とは現世(この世)、無漏路(むろじ)とは来世(あの世)。

 

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2019年1月31日 (木)

病院帰りに湯島天神をぶらり…

今年に入って早速の東大病院詣(もうで)です。(笑)

Kimg0018もちろん昨年暮れから決まっていたのですが、今日は血液検査だけ。

毎度5種類も採るから、身体の色々なところがわかるんです。
前回との比較で主治医から指導を受け投薬を。まあ何もしないよりは安心かな?

帰り道は湯島天神に向かい、散歩気分で寄って見ました。

Photo_2閑散としていたけど、当然ながら合格祈願の絵馬が山積み、参拝している人も。
しかし、湯島天神(湯島天満宮)は学問だけでなく、宝くじや縁結び、病回復のご利益もあるそうで。

Kimg0016_3実は都内有数のパワースポット(エネルギースポット、気場)なのだとか!

私はそういうのにはあまり興味が無いので知りませんでしたが、
今日、目的も無くふらりと行ったのは何かが私を呼んだのか?!
少しはパワーをもらえたかな?

でも、参拝しなかったし、やっぱりダメでしょう…
なんて、寒さの中の"独り言"でした~(笑)

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2019年1月22日 (火)

「勘亭流書道の会」作品展への誘い

今日、こんなハガキが届きました。

Dmそういえば先週、台東区議会議員を長年務めている小学校時代の同級生からメールで、「中学時代の○○さん(女性)が、2月9日〜11日まで浅草文化観光センターの7階で「勘亭流書道の会」をやります。見に来てくださいとの事です。」

「勘亭流書道の会?!面白そうだね」と返事をしたので、私の住所を聞いてご本人がこの案内状を送ってくれたようだ。→

会場の浅草文化観光センターは、浅草雷門の大提灯の斜向い、
展望テラスからは東京スカイツリーや浅草のまちを一望と見晴らしも良さそうで。

ホームページも観てみました、どうも彼女が先生らしい。台東区生涯学習センターや老人福祉館で教室を開設など、長期に渡り勘亭流書道を指導しているようでスゴイ!

Photo勘亭流書道の会【作品展】平成31年 ご案内
←(左の写真はHPから。作品は拡大して貼り付けました)

こんな活動があるとは知らなかったので、もちろん見るだけですが面白そう。
同級生ともお会いしたいし、行ってきます。

若い頃から長年鍛えてきた技を、地域社会のために活用することが出来るって素晴らしいことですね。(^_^)v

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2019年1月19日 (土)

梁祝(リャンチュウ)講演と新年会

02このブログでも何度かご案内しましたが、午後から渡辺明次(「梁祝会」会長)先生の講演会と「梁祝会」主催の新年会でした。

但し、この講演会は日中翻訳学院主催の創立10周年記念イベントの一環で、
学院長に就任された高橋弥守彦大東文化大学名誉教授の基調講演で始まる「日中中日翻訳フォーラム」なのです。ここに渡辺先生特別出演の枠を設けてもらったわけ。

04会場は西池袋の「IKE・Bizとしま産業振興プラザ(旧勤労福祉会館)」。壁には私が揮毫した「梁祝会」と「碑文の2行」を貼ってスタート。

03内容については前回のお知らせで軽く触れましたが、まさに「梁祝(リャンチュウ)伝説の真実に迫る講演」でした。

梁祝伝説とは、中国4大愛情伝説の一つで(他は孟姜女、白蛇伝、牛郎織女(七夕))、中国では知らない人はいないという人気の伝説ですが、渡辺先生の研究は。中国・寧波で見つけ出した、ある石碑に書かれた難文を解読(翻訳)し、大変な事実を発見、伝説という定説を覆したのです。

翻訳した和文を皆さんに配りながら曰く「実はあまり公表したくないのですが」(笑)、

002梁祝伝説を知らない翻訳学院の生徒さんたちも出席の中、皆さん最後まで熱心に聴講されていました。

渡辺先生の熱演が時間を忘れさせたようで終了時間がだいぶ押してしまいましたが、
その後の「新年会」はスタートを1時間ずらして18:00からに延ばしておいたのが結果的に慌てずに済みました。

003会場は、「養老の瀧・池袋南口店」。
すっかり定番になりましたが、講演会に出れなかった絵美さんと、福島から山田会長(写真中央)が駆けつけてくださり、また、初参加の田中さんを紹介することもできました。(左端は瀬野元重慶総領事)→

02_2ところで、福島の山田会長は東北圏に9件の養老の瀧を経営するオーナー社長なのです。
そのお陰でしょう、会費4000円(飲み放題)なのに、その2倍の会費でも良いくらい、高級料理も続々と出てくる!毎度のことですがお腹いっぱい。

Photo_3しかも、今夜は近くのホテルを予約しているという山田会長が淋しそうで、会が終わったあとも私と数名が付き合って飲みなおし。終電車を気にする時間となりました。

改めて思うに、ここにいるほぼ全員が現在も仕事をこなしている、これってスゴイことでしょう。
本年も「梁祝会」をよろしく!のスタートでした。(^_^)v

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2018年11月11日 (日)

今日の「梁祝(リャンチュウ)会」は、日中翻訳フォーラムに参加。

日中翻訳学院は創立10周年記念イベントとして翻訳フォーラムを開催、テーマは「小説」です。私は主催者側(日本僑報社)からの依頼で、こんなチラシを作りました

02そこで、「梁祝会」代表の渡辺明次先生に誘いをかけると、すぐに3名の先生方からも参加OK。続先生も!嬉しい。

右の写真はフォーラムの後の飲み会、皆さんこれが楽しみだったのでは?(笑)

・渡辺先生(右側奥)は翻訳家であり、中国の大学で日本語の先生。
・続三義東洋大学教授(左側奥)は渡辺先生の小説『梁祝』の中国語翻訳の監修者。今回も新仕事の翻訳監修を頼んでいました、まさに先生の先生です。
・左手前の浦野紘一先生はNIPPON語学院長、右向いの阿久津先生は上海で日本語教師の経験あり。みんな先生だらけですが、書道で良いなら私も先生かな?

Photoさて、フォーラム会場は「大東文化会館ホール(東上線東武練馬駅徒歩4分)」。

中国大使館や大東文化大学学長等々の挨拶で始まり、

翻訳学院の武吉次郎・前院長から受講生への表彰式となりました。(上の写真)

Photo_3さらに段躍中氏から新院長の高橋弥守彦先生に聘書(辞令書)の授与。→

その後、両先生の講演会がスタート。
鈴木康之・大東文化大学名誉教授は、「短編小説『はこにわ』の構造と分析」。
高橋弥守彦・翻訳学院新院長は、「小説に見られる中日両言語の特徴」。

それぞれ「小説」をテーマにしたので、いっそう興味を惹く内容でした。

02_3実は私は以前からこの類の講演や書籍などにふれ、中文日訳などはできなくも、漢詩を読むことは多く、その訳文に時折疑問を感じます。

渡辺先生は自分で日訳をした後で、続先生に監訳をお願いしているのですが、この必要性についても大変良くわかりました。

私にとって、今日の講演会も飲み会と同時に有意義なものとなりました。(^_^)v

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2018年9月 7日 (金)

素晴らしき先輩高齢者~その1

私より年上の友人たちを紹介するシリーズを始めました。
といっても、何回続くかわかりませんが(笑)

Photo_6第一回目は、このブログでは一番の登場人物、梁祝先生こと渡辺明次先生。

翻訳家でもあり、仕事ぶりは日本僑報社のサイトにも紹介されています。

昨日、久々にメールがありました。

中国から大学生の日本語文を添削する仕事を頼まれたそうで、一日1~2時間、在宅でOK。良いアルバイトだと喜んでいました。

高齢者が今の能力を生かして副収入を得たいと思っても、向こうからやってくる仕事は少ないと思います。

早速返事を出しました。
渡辺先生、素晴らしいではないですか!
先生の今までの活動が本物だったということ。謙虚で着実な歩みがいつか人の幅をつくる。「焦らず、慌てず、諦めず」…ですかね?私の書道の境地も正にこれですが、何とも未熟で、まだまだ足りていません。とにかくおめでとうございます。
塚越

Photo_4なんてえらそうに返事をしちゃいました。
たまの多額報酬より、毎月定額の方が堅実で良いし。

渡辺先生は現在、500ページ位になる翻訳の仕事を2年がかりで?手がけているのですが、当面お金の事は考えないという自分に誠実な姿がみんなを呼ぶのでしょう。(上の写真は一昨年の梁祝シンポジウム、中国・寧波にて)

何でもテキパキ合理的にこなせば良いのではなく、これからは仕事を楽しみわが道を足ることが必要なのでは。なんて、思いました。(^_^)v

PS.次回は、60歳過ぎてから作品作りに燃えた友人画家、10年後に何がやってきたか?です。お楽しみに。

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2018年8月17日 (金)

今年の「中国人の日本語作文コンクール」応募作品数は、なんと約4300本!

日本僑報社・日中交流研究所主催の、第14回「中国人の日本語作文コンクール」、応募作品審査の季節がやってまいりました。

13今年の応募作品総数は約4300本だそうで、前回(4031本)よりアップです。

写真は前回の表彰式のページ。→

今回(第14回)の第二次審査の依頼が、段躍中所長から届きました。

第一次審査はすでに日本僑報社の編集者とボランティアの方々が担当し、通過した作文21本と採点表が添付。

つまり上位21本を採点するわけですが、それぞれの名前は伏せられています。

作者が誰であろうが中身は驚くことや興味深いものばかり。
新聞ニュースではとても知りえない、中国若者たちの「生の声」です。

613←私が審査員を担当した書籍を並べてみましたが、
こうして思い出してみると、第6回から毎年審査をさせていただいているので、もう9年目かとビックリ!

さて、これから一つ一つを読んでいくのが楽しみです。

しかし採点となると簡単ではない、非常に悩みます。

民間レベルですが、年々変化して行く中国の様子もいち早くつかめるし、作文コンクールは数多くありますが、書籍として発刊しているのは殆どないので、これらの本が日中友好の橋渡しになっているのは間違えないでしょう。

第1回からのシリーズ本(バックナンバー)がこちらから入手できます(^_^)v

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2018年4月16日 (月)

梁祝会は「中日文化使者」を賜り、揮毫。

梁祝(リャンチュウ)関連の出来事が続きますが、
緊急です!と、渡辺先生(梁祝会長)宛てに通訳の陳麗女史から。

01「こんにちは!陳麗です。お願いがあり、連絡をさせていただきます。
(中国英台文化研究会の)陳会長は今、非物質文化遺産(無形文化遺産)展示館の準備中で、書道作品を贈ってもらいたいのです。
書いて欲しいのは、贈 陳秋強先生、中日文化使者、日本梁祝文化研究会」 とのメール。

渡辺先生の返事は、
「梁祝会の書は書家である塚越さんが書いています。
簡単に引き受けてくれるか分かりません。返信があったらまた連絡しますので、しばらく待って下さい。」

そんなやり取りを転載しつつ私に相談があり、先週池袋でお会いしました。

Photo「私で良けりゃ簡単に引き受けますよ、
もちろん依頼主によりますから」
と喜んで承諾。(笑)
というわけで全紙(約69×136㎝)に揮毫しました。

←写真は陳会長、執務中のワンショットかな?

受け渡しは、渡辺先生一行が滞在する(江蘇省)宜興市へ、陳会長の息子さんが取り来るそうで。

息子さん(陳剣峰氏)とは、昨年訪日されたのでお会いしていますが、
こんな風に広がっていくのはとても嬉しいこと。
しかも突然ながら光栄なるお仕事、全てに"謝々"です。(^_^)v

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2018年3月14日 (水)

ホーキング博士の死を悼んで、私もファンの一人。

私は宇宙物理学なんてとてもわかる輩ではないけれど、それでも私はファンの一人。
今日のニュースで"ホーキング博士の死"を知り(76歳)心よりお悔み申し上げます。

3部屋中をひっくり返すと、読んだ本のうち3冊が見つかりました。→
この中で『ホーキング、宇宙を語る』がベストセラーだったそうです。
感想文など、このブログに結構しっかり書いていたのですね~
2006年2月12日 ホーキング、宇宙のすべてを語る

そのほかに関連した資料がたくさん出てきました。

Photo左の写真は、ホーキング博士、ダイソン博士来日特別講演の時のもの。
(1992年・一ツ橋の日本教育会館にて)
「身近になるほど不思議ーニューパラダイムセッション'92」
〔150億年目の選択〕Session-Ⅰ講演:宇宙における生命 S,W.ホーキング

もう一度読み直すか、時間かかるから止めるか?迷います(笑)

さらにそこで、ダイソン博士を知り、娘のエスター ダイソン (著)『未来地球からのメール』も読んだりしてかなりの衝撃を受けました。

ちょっと脱線しましたが、最近の宇宙物理学研究は多様な論文が氾濫し?私には不甲斐なさを感じています。
一時代が過ぎたのかな?と思うとともに、とても悲しいニュースでした。(..;)

参考のためにニュース記事の前文を転載します:
英宇宙物理学者で、筋委縮性側索硬化症(ALS)と闘いながら、独創的な宇宙論を発表し続けたスティーブン・ホーキング博士が死去した。英BBC放送などが14日、ホーキング氏の家族の広報担当者の話として報じた。76歳だった。ホーキング氏は、「車いすの天才科学者」として知られ、ブラックホールの研究などで多くの業績を残している。

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2018年1月23日 (火)

40年ぶりに実家に戻ると、母校の中学校が無い!?

写真は、小学校時代のクラスメイトで台東区議会議員の木下君。
先日、我が母校で新年の挨拶をしているところ。

Photoその我が中学校だが、本当は「柏葉」ではなく「下谷」中学校だったのです。
調べたら近くの「竜泉」中学校と16年前に統合したそうで、
当時は1学年10クラス前後あったのに、今は僅か4-5クラス、生徒数も激減。

7年前に実家で暮らすよう頼まれ、約40年ぶりにこの町に戻ってきたわけですが、
懐かしい気持ちにあふれ、毎日近所を散歩して歩いたものでした。

さほど変わらなかったのは下町の風情、小学校は殆んどそのまま。
ところが中学校が無い!記憶違いのはずはないと何度も周囲を廻っても
あるのはこの「柏葉中学校」。(笑)

そんなこんなで、さびしい思いをしていたわけですが、
区議会議員としてこうやって挨拶している写真をみてホッとしました。
尤も、彼は私立中学へ進んだので、ここは母校で無いけれど…

今年は(小学校の)クラス会をやると言っていたので、
ゆっくり再会できるでしょう、楽しみです。(^_^)v

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