カテゴリー「学問・資格」の261件の記事

2018年9月 7日 (金)

素晴らしき先輩高齢者~その1

私より年上の友人たちを紹介するシリーズを始めました。
といっても、何回続くかわかりませんが(笑)

Photo_6第一回目は、このブログでは一番の登場人物、梁祝先生こと渡辺明次先生。

翻訳家でもあり、仕事ぶりは日本僑報社のサイトにも紹介されています。

昨日、久々にメールがありました。

中国から大学生の日本語文を添削する仕事を頼まれたそうで、一日1~2時間、在宅でOK。良いアルバイトだと喜んでいました。

高齢者が今の能力を生かして副収入を得たいと思っても、向こうからやってくる仕事は少ないと思います。

早速返事を出しました。
渡辺先生、素晴らしいではないですか!
先生の今までの活動が本物だったということ。謙虚で着実な歩みがいつか人の幅をつくる。「焦らず、慌てず、諦めず」…ですかね?私の書道の境地も正にこれですが、何とも未熟で、まだまだ足りていません。とにかくおめでとうございます。
塚越

Photo_4なんてえらそうに返事をしちゃいました。
たまの多額報酬より、毎月定額の方が堅実で良いし。

渡辺先生は現在、500ページ位になる翻訳の仕事を2年がかりで?手がけているのですが、当面お金の事は考えないという自分に誠実な姿がみんなを呼ぶのでしょう。(上の写真は一昨年の梁祝シンポジウム、中国・寧波にて)

何でもテキパキ合理的にこなせば良いのではなく、これからは仕事を楽しみわが道を足ることが必要なのでは。なんて、思いました。(^_^)v

PS.次回は、60歳過ぎてから作品作りに燃えた友人画家、10年後に何がやってきたか?です。お楽しみに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月17日 (金)

今年の「中国人の日本語作文コンクール」応募作品数は、なんと約4300本!

日本僑報社・日中交流研究所主催の、第14回「中国人の日本語作文コンクール」、応募作品審査の季節がやってまいりました。

13今年の応募作品総数は約4300本だそうで、前回(4031本)よりアップです。

写真は前回の表彰式のページ。→

今回(第14回)の第二次審査の依頼が、段躍中所長から届きました。

第一次審査はすでに日本僑報社の編集者とボランティアの方々が担当し、通過した作文21本と採点表が添付。

つまり上位21本を採点するわけですが、それぞれの名前は伏せられています。

作者が誰であろうが中身は驚くことや興味深いものばかり。
新聞ニュースではとても知りえない、中国若者たちの「生の声」です。

613←私が審査員を担当した書籍を並べてみましたが、
こうして思い出してみると、第6回から毎年審査をさせていただいているので、もう9年目かとビックリ!

さて、これから一つ一つを読んでいくのが楽しみです。

しかし採点となると簡単ではない、非常に悩みます。

民間レベルですが、年々変化して行く中国の様子もいち早くつかめるし、作文コンクールは数多くありますが、書籍として発刊しているのは殆どないので、これらの本が日中友好の橋渡しになっているのは間違えないでしょう。

第1回からのシリーズ本(バックナンバー)がこちらから入手できます(^_^)v

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年4月16日 (月)

梁祝会は「中日文化使者」を賜り、揮毫。

梁祝(リャンチュウ)関連の出来事が続きますが、
緊急です!と、渡辺先生(梁祝会長)宛てに通訳の陳麗女史から。

01「こんにちは!陳麗です。お願いがあり、連絡をさせていただきます。
(中国英台文化研究会の)陳会長は今、非物質文化遺産(無形文化遺産)展示館の準備中で、書道作品を贈ってもらいたいのです。
書いて欲しいのは、贈 陳秋強先生、中日文化使者、日本梁祝文化研究会」 とのメール。

渡辺先生の返事は、
「梁祝会の書は書家である塚越さんが書いています。
簡単に引き受けてくれるか分かりません。返信があったらまた連絡しますので、しばらく待って下さい。」

そんなやり取りを転載しつつ私に相談があり、先週池袋でお会いしました。

Photo「私で良けりゃ簡単に引き受けますよ、
もちろん依頼主によりますから」
と喜んで承諾。(笑)
というわけで全紙(約69×136㎝)に揮毫しました。

←写真は陳会長、執務中のワンショットかな?

受け渡しは、渡辺先生一行が滞在する(江蘇省)宜興市へ、陳会長の息子さんが取り来るそうで。

息子さん(陳剣峰氏)とは、昨年訪日されたのでお会いしていますが、
こんな風に広がっていくのはとても嬉しいこと。
しかも突然ながら光栄なるお仕事、全てに"謝々"です。(^_^)v

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月14日 (水)

ホーキング博士の死を悼んで、私もファンの一人。

私は宇宙物理学なんてとてもわかる輩ではないけれど、それでも私はファンの一人。
今日のニュースで"ホーキング博士の死"を知り(76歳)心よりお悔み申し上げます。

3部屋中をひっくり返すと、読んだ本のうち3冊が見つかりました。→
この中で『ホーキング、宇宙を語る』がベストセラーだったそうです。
感想文など、このブログに結構しっかり書いていたのですね~
2006年2月12日 ホーキング、宇宙のすべてを語る

そのほかに関連した資料がたくさん出てきました。

Photo左の写真は、ホーキング博士、ダイソン博士来日特別講演の時のもの。
(1992年・一ツ橋の日本教育会館にて)
「身近になるほど不思議ーニューパラダイムセッション'92」
〔150億年目の選択〕Session-Ⅰ講演:宇宙における生命 S,W.ホーキング

もう一度読み直すか、時間かかるから止めるか?迷います(笑)

さらにそこで、ダイソン博士を知り、娘のエスター ダイソン (著)『未来地球からのメール』も読んだりしてかなりの衝撃を受けました。

ちょっと脱線しましたが、最近の宇宙物理学研究は多様な論文が氾濫し?私には不甲斐なさを感じています。
一時代が過ぎたのかな?と思うとともに、とても悲しいニュースでした。(..;)

参考のためにニュース記事の前文を転載します:
英宇宙物理学者で、筋委縮性側索硬化症(ALS)と闘いながら、独創的な宇宙論を発表し続けたスティーブン・ホーキング博士が死去した。英BBC放送などが14日、ホーキング氏の家族の広報担当者の話として報じた。76歳だった。ホーキング氏は、「車いすの天才科学者」として知られ、ブラックホールの研究などで多くの業績を残している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月23日 (火)

40年ぶりに実家に戻ると、母校の中学校が無い!?

写真は、小学校時代のクラスメイトで台東区議会議員の木下君。
先日、我が母校で新年の挨拶をしているところ。

Photoその我が中学校だが、本当は「柏葉」ではなく「下谷」中学校だったのです。
調べたら近くの「竜泉」中学校と16年前に統合したそうで、
当時は1学年10クラス前後あったのに、今は僅か4-5クラス、生徒数も激減。

7年前に実家で暮らすよう頼まれ、約40年ぶりにこの町に戻ってきたわけですが、
懐かしい気持ちにあふれ、毎日近所を散歩して歩いたものでした。

さほど変わらなかったのは下町の風情、小学校は殆んどそのまま。
ところが中学校が無い!記憶違いのはずはないと何度も周囲を廻っても
あるのはこの「柏葉中学校」。(笑)

そんなこんなで、さびしい思いをしていたわけですが、
区議会議員としてこうやって挨拶している写真をみてホッとしました。
尤も、彼は私立中学へ進んだので、ここは母校で無いけれど…

今年は(小学校の)クラス会をやると言っていたので、
ゆっくり再会できるでしょう、楽しみです。(^_^)v

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月13日 (水)

北京から速報!作文コンクールの授賞式。

Photo昨日(12月12日)午後、「第13回・中国人の日本語作文コンクール」の表彰式が、無事に北京の日本大使館で催されたようです。

第一報は、SNS(facebook)の友人からで、今朝知りました。
「表彰式が終わりました~北京」という投稿。
facebookは中国では繋がらないはず、日本人の方ですがどうやって投稿したのでしょうか?WeChatなら出来るけど…、わかりませんが素晴らしい!

Photo_2←左端がその笈川幸司さん、紹興市で日本語を教えているようですが、この写真を見た私はビックリ。
というのは、中央の女性が先週紹介した、現在私と一緒に仕事をしている小林さゆりさんです。
司会を頼まれ、ご主人の二井さん(右端)も一緒に行くと言っていたので。

Nhkweb同時にNHKと朝日新聞の記事も見れました。
●NHK(WEB)、日本語作文 最優秀の中国大学生 “「花は咲く」広めたい

●朝日(DIGITAL)、最優秀賞に河北工業大の宋さん 中国人日本語作文コン

※上の写真はNHKの記事より、横井大使と最優秀賞の宋さん、右は段躍中編集長

来週から日本僑報社でこれらの情報を配信する作業にかかるため忙しくなりますが、おかげさまで、メディア記事まで読むことができ、東京に居ながら素早い情報収集ができました。

因みに、この作文コンクールの入賞作品集はこちらです。(^_^)v

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月 2日 (木)

作文コンクール最優秀賞・日本大使賞が決定。

いよいよ「第13回 中国人の日本語作文コンクール」の
一等賞(6名)の中から、最優秀賞(日本大使賞)が決まりました。

20171happyo河北工業大学の宋妍さんで、作文名は「『日本語の日』に花を咲かせよう」。

最終審査は、最優秀候補と1等賞候補の計6作品を北京の日本大使館に送付。
横井裕大使ご自身による審査で最優秀賞・日本大使賞受賞者を決定という正規の手続きです。
日本僑報社のニュースリリースより→ http://duan.jp/news/jp/20171101.htm

13←残る5人の一等賞にも順位がつけられています。(写真左から得点順に

私は2次審査で上位21名の作品に点数をつけましたが、嬉しいことに、
最高点をつけた作品が最優秀賞になったこと。

さらに、一等賞5人の採点も一点を除きすべて90点以上つけた作品だったので、
私の目にも狂いが無いかと。(笑)

作文のレベルは年々上がって、審査も何度も読み直して慎重に選びますが、
やはり光るものがあると記憶に残るということでしょうか。

同時に毎年審査をさせてもらって大いにためになるのが、
今の「中国の若者の生の声」が聞けること。

例年通り、12月12日には北京の日本大使館で表彰式が開催される予定です。

それまでに「受賞作品集」も出来上がるでしょうから、お楽しみに。(^_^)v
※過去の作品集(第1回~第12回)はこちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月15日 (日)

昨日のシンポジウムのあとは、ミニ「梁祝会」。

昨日のシンポジウムのあと、我ら3人は本郷三丁目界隈の居酒屋を求めフラフラと。

結局シンポジウムの話題から離れ、ミニ「梁祝会」となりました。(笑)
(写真右端は、渡辺先生が高校教師時代の同僚で、阿久津先生)

301ここで繰り広げられた話題は、私が書いた先日のブログ、「壁に書かれていた王羲之の「姨母帖」と「初月帖」!」について新事実がわかったからです。

このことに渡辺先生も関心を持ち、「上虞祝府の王羲之の書に関して、なぜあそこにあの文字があるのか?」と、現地に質問してくれたのです。

返事:写真の前にある人物は王羲之で、書はその通り王羲之の作品「姨母帖」と「初月帖」です。
それがここにある理由は、祝府テーマパークに芸術的雰囲気を醸し出すためと思います。文の内容は祝英台(チュンインタイ)と関係ありません。とのこと。

Photo_6そうですか、男の人形は祝英台の父親かな?と思ったけど間違えでした。王羲之そのものだったのですね。

ただし私の疑問はもうひとつ、右から3行目の文字「姨母」が、壁の模写では「姨女」になっている件です。

(左が現地資料館の展示物の写真、下の画像は原本の部分アップ)

Photo_8これについても渡辺先生が質問を送ってくださいました。

先方は驚き、さっそく会長および研究者に連絡を取り、分析と見解を求めた結果、なんと資料館側の間違えだそうで、その経緯と理由も伝えてきました。
同時に、指摘をした渡辺先生への敬意と感謝の辞が添えられていたのです。

中国人は一般的に己の否を易々と認めないそうです。しかし、先方のこの謝辞は渡辺明次先生への信頼がいかに厚いかを物語っていると思います。

ところで、祝府の陳秋強会長からこの問題とは別の驚くべき新事実を知らされ、(それは東晋の時代の「書」に纏わることでもあり)、私の好奇心が再燃しました。
あまりに奥深い展開なので、渡辺先生の日本語翻訳文をもとに、後日、改めて紹介させていただくつもりです。(^_^)v

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月 8日 (日)

壁に書かれていた王羲之の「姨母帖」と「初月帖」!

梁祝(リャンチュウ)(梁祝愛情故事)は1500年以上昔の東晋(AD317~420)の頃の話。その伝説の真実性を追い、書籍等で日本に伝えた最初の研究者が渡辺明次先生。

Photoそして右の写真は、昨年春に渡辺先生と訪れた(浙江省)上虞市にある「祝家テーマパーク」資料館の展示物。
一瞬、男の人形にドキっとしましたが…(笑)
この地こそ(悲劇のヒロイン)祝英台の生家。手前の人形は父親(叔父かな?)。
それより私は、背面の壁の「書」が気になって写真を撮っておいたのです。

Nishikawanei_2今日は書の研究の一環で、西川寧先生の著書『猗園雑纂(いえんざっさん)』を読み直すと、「晋人の墨蹟」の項の文中に出てきたのが、王羲之の「姨母帖」。(下の画像)↓

02そうだ、思い出した。あの壁の「書」の右半分はこの「姨母帖」の模写でした!
大意は「11月13日、王羲之は叔母の死を礼拝しつつ、悲しみ、途方にくれている」(咸和5年、羲之24歳の時らしい)
しかし、良く見ると、右から3行目の「姨母(おば)」が、壁の書のほうは「姨女」になっている!
ということは、勝手に勘ぐると、(悲劇のヒロイン)英台の死を痛んで「姨女」に代えたのではないかと?
「姨女」なんて言葉は無さそうだけど…、と言って間違えた訳ではないでしょう。

Photo_2←左半分(初月12日…)は、やはり王羲之の初月帖(しょげつじょう)
大意は「本人が病で弱っている近況」(王羲之が官を辞した53歳以降の晩年の書)とか。

王羲之は、真に「梁祝愛情故事」と同じ時代に、この地域に生存していたわけだから、これらはそれを意識して造られたのでしょう。

Photo_5ところで、『猗園雑纂』を読み続けると、24歳の時に書かれたというこの「姨母帖」の書法は、書聖(王羲之)の数々の名筆には見られない当時の流行文字!?

右の写真は、新疆で出土された「李柏尺牘稿」ですが、
李柏という王羲之と同時代で正史にも名のある人の書で、「姨母帖」と同類のところがある最も素晴らしい行書風の一枚。
つまり「姨母帖」を愛するものは、王羲之中年の頃の、古意が多く最も行書風のこの真髄を味得すべきであると。

さすが現代書の巨匠(西川寧先生)、私の書の幅を広げる意味でも良い勉強になりました。(^_^)v

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月 4日 (水)

「日本語作文コンクール」、1等~3等の入賞者を発表!

Photo
日中交流研究所主催の「第13回・中国人の日本語作文コンクール」の審査が着々と進み、3週間前に、このブログで3等賞以上81名を発表しましたが、第二次審査ではその中から選出された上位21名を採点。

私も採点に加わり、1等賞(6名)と2等賞(15名)の入賞者が確定しました。↓

23_3ただし1等賞の6名の中から、後日、在中国日本大使が自ら採点、最優秀賞(日本大使賞)1名が決まります。
従ってトップ6名の順位は現在未定となっています。

このコンクールは13年目を迎え、日中関係が難しい中でも年々応募数が増え続けてるのはスゴイこと。
さらに審査していて驚くのは彼らの日本語力、完璧に近いので採点するにも疲れます。(笑)

実はこれには、中国で日本語を教えている日本人教師たちの熱意と努力が欠かせません。もちろん中国人教師も同様、先生方の名は入賞者一覧の右側に掲載してあります。→

作品の内容、教師たちの情熱ともに日中間の相互理解に役立っていることは間違いない。また、ただ単にコンクールで盛り上がるだけでなく入賞作品集を刊行しているのも共鳴できます。

最後に、半年にわたる多忙な事務局の方々の頑張りも見逃せません、お疲れ様です。本当にたくさんの方々の賛同と協力で継続ができているのだなあ、と毎年毎年感動です。(^_^)v

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧