カテゴリー「恋愛」の146件の記事

2018年2月15日 (木)

明日は春節、“蝶舞う新春、梁祝(リャンチュウ)新年を祝う”

寧波発、ライブ情報です。
記者:龔国栄(きょうこくえい)氏のブログより(2018.2.14)、(訳:渡辺明次)。
01何と36枚の美々しい写真が掲載、早速大意翻訳致しました

「蝶舞う新春、
2月13日の晩、蝶舞う新春の到来を思わせるような寧波の梁祝(リャンチュウ)は、飾り灯籠が夜空に輝く(“灯会”)。キレイですね~→

03梁祝文化園の広場にある彫像(蝶と化した梁山伯と祝英台)に、
“梁祝の星”と名付けられた光り輝く塔が建てられた。
伝統と時風を兼ね備えた高さ30mほどの塔である。

06この光り輝く塔は、春節(元旦)から元宵節(小正月)の祝日までの間、
参拝客のために毎晩灯され、大型照明ショーを演出し、浪漫な暖かさ漂う梁祝の夜を醸し出す。

2018年戊戌(つちのえいぬ)の新年、
参拝客に愛情を主テーマとする梁祝文化園は又も新しい趣向をこらし
“蝶舞う新春、梁祝新年を祝う”を主題に、春節のイベントを企画。

13_2以下の五つのテーマに分けて活動を行い、梁祝文化園に新年の雰囲気を色濃く創り出そうとするもの。

①“蝶舞新春传非遗”(無形文化遺産に蝶舞う新春)
②“蝶梦长圆逛庙会”(梁祝二人は夢蝶と化して春節の園内に舞う)
③“梁祝元宵赏灯会”(梁祝元宵節に電飾の灯火を楽しむ会)
10④“墨宝飘香书新春”(卓絶した年画書画で祝う新春)
⑤“郁金花香约宾朋”(馥郁と花香る約賓朋)

今回のイベントは、梁祝文化園の通常の雰囲気を損なうことなく行われ、
常設展示の“山伯殿試合格発表”、“英台婿取り”などの場面の展示、越劇梁祝の上演、ユネスコ無形文化遺産になった梁祝伝説にまつわる美食の数々、さらには、梁祝会節句、元宵節の食べ物、灯籠の会”等の歳時はそのままに。

Photo_4これらと併せて春節に梁祝文化園を参拝に訪れる旅客に盛りだくさんな楽しみ、参拝客の梁祝伝説への関わりとが相互に影響し合う心をもたらすものとなっている。

※右の2枚の写真は、一昨年春に訪中した時に観た「化蝶彫像」と「蝶のモニュメント」、今は灯火で光り輝いているようで…(上の写真群と比較参照)

Photo_2というわけで、我々が観て来た春先の「梁祝文化園」とは打って変わった光の祭典。

しかも、見た目の美しさだけでない、しっかりとしたコンセプトを持ち続けることで、「梁祝愛情故事」は永遠不滅のものとなることでしょう。(^_^)v

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2018年2月14日 (水)

久々の義理チョコ!(笑)

今どき、期待して騒いでる年寄りはいるのでしょうか?、
恋人同士でも、バレンタインデーにチョコっていうのは流行らないそうで。

Photoただし、仕事でもしていないと義理チョコはもらえない訳で、
毎週2回出張勤務している職場の女性からでした。やっぱり嬉しい。

毎年必ずくれるのは、愛妻と嫁いだ娘からで、これは義理チョコではない。
そのかわりホワイトデーをちゃんとやらないと怖い目にあうのです。(笑)

過去を思い出してみました。
2016年は、「バレンタインコンサート(岩崎ミュージアム)」にピアニストの親せきから呼ばれたっけ。この時は義理チョコでなく、お客様として"お礼チョコ"。

2013年2月6日 、早くも義理チョコ、第一弾?

この年が最後の義理チョコで、5年ぶりとなるのです。
上の写真(3つ)が今日いただいたチョコ、どれが誰?でも嬉しいものです。\(^o^)/

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2018年2月 3日 (土)

戯曲「梁祝(リャンチュウ)」スタッフ、4月の中国公演を前にエンジン全開!

夕方、(日本梁祝会)渡辺明次会長と大船駅の隣(本郷台駅)にある栄公会堂へ。

Photo戯曲「梁祝」作者・演出家の古野氏の指導による立ち稽古の日です。

ただし、我々が出向いた趣旨は、稽古を見に行くと言うより出国を前にスタッフへの挨拶と細部の確認。

そもそも"中国招へい公演"に至る経緯は昨年11月のブログに書きましたが、
梁祝ゆかりの地(浙江省寧波)のとなり、江蘇省宜興の路暁農先生(華夏梁祝文化研究会)から、毎年4月の"観蝶祭"(蝶々祭り)に招かれたのです。
さらに詳しくは『梁祝みんなのブログ』に渡辺先生が執筆しています。

Photo_3←写真は昨年の寧波での公演、祝英台役の青井聡子さん(左)と梁山伯役の伊藤君。

今回上演するのは「十八里相送」の段、"祝英台が両親からの急な知らせで実家に戻る"という一節ですが、正谷絵美さんが、学問所の先生の奥方役で初出演するのです。

01_3※手前右が特訓を受ける絵美さん→

ところでこの日は古野氏の下で、もうひとつの舞台「駱駝の祥子(らくだのシアンザ)」の朗読劇の最終稽古も行われており、
何と、絵美さんはこの朗読劇にも出演するのです。(昨年の発表会(第一幕)が役者デビューでした)↓

Photo_4本番は次の日曜日(2/11)、文京区茗荷谷「放送大学文京センター」にて。

皆さんの素晴らしいモチベーションに圧倒され、ただただボーっと?芝居稽古に見とれていた私でした。(^_^;)

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2018年1月16日 (火)

先日のブログ『梁祝ゆかりの地「寧波」から元旦のイベント』の日本語訳版

Photo中国人記者、龔国栄さんが書かれた中国語文が私には全く読めないのでHelpを求めると、我ら日本梁祝(リャンチュウ)文化研究所の渡辺明次所長が、日本語に翻訳して「梁祝ブログ」に転載してくれました。

まず、原文題は:【英台招亲、山伯题金榜 新年梁祝文化园又火了一把】
訳:《祝英台の婿とり》と《梁山伯が難関の試験に合格》の二つの場面が、新年を祝して梁祝文化園で演じられ、梁祝伝説の灯火がまたも燃えさかる。

Photo_6ただし訳文そのままでは「梁祝愛情故事」を知っている人にしかわかりません。
なので、渡辺先生の翻訳は「梁祝ブログ」を見ていただくとして、こちらは写真説明付きで。

2018年元旦、梁祝文化園は人の山、人の海となり辺り一面熱気にあふれた賑やかな情景が繰り広げられた。

Photo_7①悲劇のヒロイン(祝英台)の婿とり。↑
これは、物語にはないイベント用のアイデアで、観客に向けて、"刺繍を施した紅い毬を投げる祝英台"、その毬をゲットした方がお婿さんになれるのでしょうか?そこまではわかりませんが…(笑)

←②十八相送:帰郷する英台を山伯が途中まで見送る場面

③梁山伯が役人に登用の難関試験に合格、の時空を超えた場面が演じられた。↓

Photo_4などなど、梁祝文化園参拝の人々はユーモアを介し楽しんだ。

なかでも特に笑いを誘ったのは≪祝英台の婿取り≫の場面で、馬文才(両親が勝手に決めた英台のいいなずけ)が、“携帯電話”を手にして登場した場面では観客が抱腹絶倒。↓

Photo_5そして参拝に訪れた旅行客は英台が投げる“刺繍を施した紅い毬”を競ってとろうとし、演者の舞台も、笑い転げ見入る観客も劇に思わず引き込まれ拍手と歓声が絶えることがなかった。

ということでした。

やっぱり解らないままをブログにしても、中身のない軽い内容になってしまいます。渡辺先生が翻訳くださったおかげでよ~くわかりました。
大変ユニークで活気に満ちた新年イベントだったのですね!(^_^;)

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2018年1月12日 (金)

梁祝ゆかりの地「寧波」から、元旦の大イベントが!

Photo昨年春、戯曲「梁祝(リャンチュウ)」の日本人スタッフが訪中した時の記事を書いてくださった
同行記者 龔国栄(きょうこくえい)さんが、中国のSNS(WeChat)で配信されています。→

こちらが、その1月2日付けの記事。
【英台招亲、山伯题金榜 新年梁祝文化园又火了一把】

タイトルの意味は「梁祝文化園の新年祭り」でしょうか?
さっぱり訳せないので、渡辺明次先生に翻訳をしていただきたく、お願いしようかと思っているのですが、
たくさんの写真が掲載されています(ここに載せたのはその中のほんの2枚ですが)、その熱気のスゴさには驚きました!

Photo_3左が、龔国栄さんの紹介と、WeChatのQRコードです。
本年初の、梁祝(リャンチュウ)最新ニュースでした。(^_^)v

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2017年11月23日 (木)

戯曲「梁祝(リャンチュウ)」スタッフが、中国の「観蝶祭(蝶々祭り)」に招かれる!

この春(3月)、戯曲・梁祝一行が本場中国の寧波と上虞でその一部を演じたことが、大きなニュースとなり、大成功を収めました。

01その後すぐに、お隣り江蘇省宜興から、毎年4月に催される"梁祝祭り"に招きたいとのオファーがあったのです。
しかし、渡辺先生はじめスタッフとしては、帰国したばかりでまた訪中するわけにも行かず断ったそうで、その経緯は「梁祝みんなのブログ」に書かれています。

ところで、右の2枚の写真は9年前の鎌倉・舞台公演のカット(DVDより)、

02上が青井聡子さん演じるヒロイン祝英台とその両親。父親は戯曲の作者であり役者も演じた古野浩昭氏。
因みに、後ろにある掛け軸の書は、この舞台のために私が揮毫したもの。(笑)
下は、伊藤健康君演じる梁山伯と祝英台の召使いで、銀心と四九。

訪中から半年以上経った今、先方から再度連絡が!
来年4月の"梁祝祭り"こそ、この方々に来ていただきたいと招請状が届いたそうで、渡辺明次先生(日本梁祝会会長)から邦訳文を私にも封書で送ってくれました。

結局、渡辺先生はじめ、日中間の橋渡しとして最も重要な正谷絵美さんも含め7名を、旅費から滞在中の全てを含めて招待。これはスゴイこと。

Photoそもそも「鎌倉・戯曲梁祝」古野氏他を江蘇省宜興に招きたいという、路暁農(ろぎょうのう)先生(華夏梁祝文化研究会)とは、私も昨年春にお会いしていました。
←中国・寧波政府の招待を受け、「梁祝文化研究の専門家」として中日韓のシンポジウムに参加した時のこと。

上の写真、右から2番目の赤いベストを着た方が路暁農先生で、
その時に路先生の著書『「梁祝」的起源与流変』をいただきました。(下の写真)

Photo_3この本、中国語で、私には全然読めないのですが題字は『「梁祝」の起源と変遷』でしょう。

このテーマは、渡辺先生の著書『梁山伯祝英台伝説の真実性を追う』にも…、
第一章の一、「『梁祝伝説』愛情故事の起源と変遷の歴史」として研究されていました。

しかし、渡辺先生の研究は広範囲で、十箇所にあるという梁祝のお墓を全て廻り、この招請くださった地(江蘇省宜興市)にも二回ほど尋ねているのです。

この著書を再度読んでみると興味深いことばかり。この地には伝説中の「梁祝学問所」と祝英台の墓は存在するが、梁山伯の墓が見つけ出せない。
聞くところによるとこの地は観光地として名高いそうで、たくさんの蝶々が飛び交うという。これぞ、梁祝の二人が最後に蝶になったことを暗示する光景なのかな?と。

その他にも、中国各地でお祭りに利用している地が他にもたくさんあるそうですが、
それだけ、梁祝愛情故事は中国全土から愛されていると言うことなのでしょう。
梁祝サイト:http://www.liangzhu.jp/

私からもご健闘をお祈り申し上げます。(^_^)v

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2017年10月 8日 (日)

壁に書かれていた王羲之の「姨母帖」と「初月帖」!

梁祝(リャンチュウ)(梁祝愛情故事)は1500年以上昔の東晋(AD317~420)の頃の話。その伝説の真実性を追い、書籍等で日本に伝えた最初の研究者が渡辺明次先生。

Photoそして右の写真は、昨年春に渡辺先生と訪れた(浙江省)上虞市にある「祝家テーマパーク」資料館の展示物。
一瞬、男の人形にドキっとしましたが…(笑)
この地こそ(悲劇のヒロイン)祝英台の生家。手前の人形は父親(叔父かな?)。
それより私は、背面の壁の「書」が気になって写真を撮っておいたのです。

Nishikawanei_2今日は書の研究の一環で、西川寧先生の著書『猗園雑纂(いえんざっさん)』を読み直すと、「晋人の墨蹟」の項の文中に出てきたのが、王羲之の「姨母帖」。(下の画像)↓

02そうだ、思い出した。あの壁の「書」の右半分はこの「姨母帖」の模写でした!
大意は「11月13日、王羲之は叔母の死を礼拝しつつ、悲しみ、途方にくれている」(咸和5年、羲之24歳の時らしい)
しかし、良く見ると、右から3行目の「姨母(おば)」が、壁の書のほうは「姨女」になっている!
ということは、勝手に勘ぐると、(悲劇のヒロイン)英台の死を痛んで「姨女」に代えたのではないかと?
「姨女」なんて言葉は無さそうだけど…、と言って間違えた訳ではないでしょう。

Photo_2←左半分(初月12日…)は、やはり王羲之の初月帖(しょげつじょう)
大意は「本人が病で弱っている近況」(王羲之が官を辞した53歳以降の晩年の書)とか。

王羲之は、真に「梁祝愛情故事」と同じ時代に、この地域に生存していたわけだから、これらはそれを意識して造られたのでしょう。

Photo_5ところで、『猗園雑纂』を読み続けると、24歳の時に書かれたというこの「姨母帖」の書法は、書聖(王羲之)の数々の名筆には見られない当時の流行文字!?

右の写真は、新疆で出土された「李柏尺牘稿」ですが、
李柏という王羲之と同時代で正史にも名のある人の書で、「姨母帖」と同類のところがある最も素晴らしい行書風の一枚。
つまり「姨母帖」を愛するものは、王羲之中年の頃の、古意が多く最も行書風のこの真髄を味得すべきであると。

さすが現代書の巨匠(西川寧先生)、私の書の幅を広げる意味でも良い勉強になりました。(^_^)v

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2017年9月12日 (火)

渡辺明次氏(著・編・訳)の「孟姜女口承伝説集」。

梁祝(リャンチュウ)先生こと渡辺明次先生は、『梁祝愛情伝説』の3部作
ほぼ同時期(2008年)に『孟姜女(モウキョウジョ)口承伝説集』も出版していました。

Kimg0051_2
その題字を頼まれ揮毫し、渡辺先生宅に郵送。本日届いたそうです。↑

Photo「孟姜女」とは「梁祝」と同様、中国では誰でも知っている中国4大愛情故事の一つ。

私も大雑把に拝読しましたが、何と、536ページの分厚い本なのです。→

下の写真は「人民網」に掲載された渡辺先生。

Photo_3この本は、一般に出回っている「孟姜女」物語(愛情悲話)とは違って、渡辺先生が実際に中国各地を足で回り、
物語編、歌謡編、起源に関する論文編、掲示・石碑文編、調査記録編と多方面から真意を探り続けた内容で、単なる昔話本ではない。

Photo_4それが10年近く経った今、この本の前文を書いてくださった、蘇州の馬漢民先生が東京へ資料探しに来日されたのです。つい先月の出来事でした。

訪日の目的は、明代の著名な文学者(蘇州の人)で馮夢竜(ふうむりゅう)の記念館開設準備のため。
そこで渡辺先生は、神田・神保町や国会図書館に同行し資料集めを手伝ったという。

Mokyojyo_2渡辺先生のような日本人特有の丁寧な対応が相手の心を掴んだのでしょう。来週、この馬漢民先生に蘇州に招かれて訪中することになったそうです。
旅費もすべて招待だと!中国人の義理堅さは半端じゃない。(笑)

私も過去の経験で味わったことが幾度かあったので、嬉しいこと。

←ところで、左の書は9年前(2008年)に私が揮毫したものですが、今ながめて見ると当時は北魏の楷書(竜門石窟の碑文などの文字)に凝っていた時代だったな~
などと、懐かしいものです。

今回の書も現地で何らかのお役に立てばと、有意義な旅をお祈りしています。
お気をつけて行ってらっしゃい(^^)v

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2017年9月 2日 (土)

今年も青井聡子さんのお芝居を観に。

お芝居の詳細は1ヶ月前のお知らせ通りですが、あの「梁祝(リャンチュウ)愛情故事」のヒロイン役とは打って変わって手品師役、なぜかチャイナドレスを身に纏って。

Photo 大船から湘南モノレールに乗って1つ目、徒歩3分の小さな芝居小屋。私は3度目となりますが、大劇場とはまるで違ってこれがまた良いのです。
我ら「梁祝会」の渡辺先生はじめ阿久津氏、浦野氏、そして嬉しいことに瀬野(元重慶総領事)さんも見えました。新年会以来です。

Photo_3 今日は午後1時と6時の舞台、8月30日から9月4日までに9回もやるんですね!
写真は午後1時の部が終わって、芝居小屋の前で。

02 皆さんなかなか良い笑顔してます(笑)
さて時間はまだ3時、この後は、大船駅前の居酒屋を予約して待っておられる方がいるのです。9年前、鎌倉で舞台公演を成功裏に収めた「戯曲・梁祝」の作者、古野さんです。

01今年の春に梁祝の本家本元(中国の寧波、上虞)にて「戯曲・梁祝」の一節を演じ
大歓迎されたことは、梁祝ホームページのトップに詳しく掲載してあります。
ゆかりある別の地からも招待の話が来ているとか?

さて、居酒屋に到着。男ばっかり6名の飲み会となりましたが、そんなこんなの情報で中味は濃い。

074_1ところで渡辺先生は、梁祝関連だけでなく「孟姜女(モウキョウジョ)口承伝説集」も出版しているのですが、→
こちらの件でも、中国の別の地域からのお誘いがあるそうで、スゴイ話ばかり。何か次第に盛り上がって来ました。

10年待った甲斐があるというより、それまで地道に活動してきた成果?
というか知らず知らずに、日中友好、相互理解のお役にたっているのかも知れません。(^^)v

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2017年8月 8日 (火)

梁祝(りゃんちゅう)10年前の写真と音楽(日本梁祝会発足の黎明期)

20070217自宅のPCやDVDのデータを整理していたら、梁祝愛情故事を日本に伝えた当時の渡辺明次(梁祝会会長)先生を囲んだ懇親会の写真が出てきました。→
鬼子母神だったかな?10年前の2007年2月でした。
浦野さんも、阿久津先生もいるではないですか!みんな若かった~(笑)

下の動画は、同時期に梁祝のテーマ曲が素晴らしくて勝手に作ったスライドショー。
今もホームページに掲載されていますが、なかなか良く出来てる!と我ながら…

そして2年後、鎌倉の戯曲「梁祝」舞台稽古の見学とスタッフとの初顔合わせ。↓

20090706おかげさまで次第に盛り上がってきましたが、その後何年も低迷期があり、
話せば簡単ですが、良くもまあ今日までやってきたと。

こういう懐古は、未来にも繋がるのでしょう。
ようやく素敵な方々が集まってきました。「焦らず、あわてず、楽しみつつ」ですか。

今後とも、「梁祝会」をよろしくお願いいたします。
そして、「梁祝を日本に、みんなのブログ」もよろしくです。ヽ(^o^)丿

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