カテゴリー「書籍・雑誌」の397件の記事

2017年12月13日 (水)

北京から速報!作文コンクールの授賞式。

Photo昨日(12月12日)午後、「第13回・中国人の日本語作文コンクール」の表彰式が、無事に北京の日本大使館で催されたようです。

第一報は、SNS(facebook)の友人からで、今朝知りました。
「表彰式が終わりました~北京」という投稿。
facebookは中国では繋がらないはず、日本人の方ですがどうやって投稿したのでしょうか?WeChatなら出来るけど…、わかりませんが素晴らしい!

Photo_2←左端がその笈川幸司さん、紹興市で日本語を教えているようですが、この写真を見た私はビックリ。
というのは、中央の女性が先週紹介した、現在私と一緒に仕事をしている小林さゆりさんです。
司会を頼まれ、ご主人の二井さん(右端)も一緒に行くと言っていたので。

Nhkweb同時にNHKと朝日新聞の記事も見れました。
●NHK(WEB)、日本語作文 最優秀の中国大学生 “「花は咲く」広めたい

●朝日(DIGITAL)、最優秀賞に河北工業大の宋さん 中国人日本語作文コン

※上の写真はNHKの記事より、横井大使と最優秀賞の宋さん、右は段躍中編集長

来週から日本僑報社でこれらの情報を配信する作業にかかるため忙しくなりますが、おかげさまで、メディア記事まで読むことができ、東京に居ながら素早い情報収集ができました。

因みに、この作文コンクールの入賞作品集はこちらです。(^_^)v

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2017年12月 1日 (金)

「中国メディアと日本企業との交流会」へ

「在日中国メディアと日本企業との交流会」へのご招待。

0218:30から経団連会館の経団連ホールにて。

日本僑報社の段編集長の代理で、この立食パーティに出ることになりました。
内容はタイトルを見てすぐ解りましたが、出席者は、
中国側:在京中国メディア関係者
日本側:経済広報センター会員企業・団体(広報、中国事業担当)

Photo仕事を終わらせて急いで会場に向かったので、遅刻となりましたが、
中に入るとすぐに声をかけてくれたのが、重松なほさん。

去年の夏にお会いして以来だったので話し込んでしまいました。

翻訳家でデビューし、今は「アジア太平洋観光社」で中国文化関連の雑誌の編集もやってるそうで、同社の孫秀蓮さんを紹介いただき3ショット!

01ちょうど私に関係ある特集号(漢字の世界)が手持ちのサンプル本だったので一冊いただいちゃいました。

私は、新刊『「一帯一路」詳説』のチラシを会場の方々に手渡しで宣伝して回ったり。

急遽出席が決まり、下準備もしてなかったわりには楽しいひと時でした。(^_^)v

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2017年11月23日 (木)

戯曲「梁祝(リャンチュウ)」スタッフが、中国の「観蝶祭(蝶々祭り)」に招かれる!

この春(3月)、戯曲・梁祝一行が本場中国の寧波と上虞でその一部を演じたことが、大きなニュースとなり、大成功を収めました。

01その後すぐに、お隣り江蘇省宜興から、毎年4月に催される"梁祝祭り"に招きたいとのオファーがあったのです。
しかし、渡辺先生はじめスタッフとしては、帰国したばかりでまた訪中するわけにも行かず断ったそうで、その経緯は「梁祝みんなのブログ」に書かれています。

ところで、右の2枚の写真は9年前の鎌倉・舞台公演のカット(DVDより)、

02上が青井聡子さん演じるヒロイン祝英台とその両親。父親は戯曲の作者であり役者も演じた古野浩昭氏。
因みに、後ろにある掛け軸の書は、この舞台のために私が揮毫したもの。(笑)
下は、伊藤健康君演じる梁山伯と祝英台の召使いで、銀心と四九。

訪中から半年以上経った今、先方から再度連絡が!
来年4月の"梁祝祭り"こそ、この方々に来ていただきたいと招請状が届いたそうで、渡辺明次先生(日本梁祝会会長)から邦訳文を私にも封書で送ってくれました。

結局、渡辺先生はじめ、日中間の橋渡しとして最も重要な正谷絵美さんも含め7名を、旅費から滞在中の全てを含めて招待。これはスゴイこと。

Photoそもそも「鎌倉・戯曲梁祝」古野氏他を江蘇省宜興に招きたいという、路暁農(ろぎょうのう)先生(華夏梁祝文化研究会)とは、私も昨年春にお会いしていました。
←中国・寧波政府の招待を受け、「梁祝文化研究の専門家」として中日韓のシンポジウムに参加した時のこと。

上の写真、右から2番目の赤いベストを着た方が路暁農先生で、
その時に路先生の著書『「梁祝」的起源与流変』をいただきました。(下の写真)

Photo_3この本、中国語で、私には全然読めないのですが題字は『「梁祝」の起源と変遷』でしょう。

このテーマは、渡辺先生の著書『梁山伯祝英台伝説の真実性を追う』にも…、
第一章の一、「『梁祝伝説』愛情故事の起源と変遷の歴史」として研究されていました。

しかし、渡辺先生の研究は広範囲で、十箇所にあるという梁祝のお墓を全て廻り、この招請くださった地(江蘇省宜興市)にも二回ほど尋ねているのです。

この著書を再度読んでみると興味深いことばかり。この地には伝説中の「梁祝学問所」と祝英台の墓は存在するが、梁山伯の墓が見つけ出せない。
聞くところによるとこの地は観光地として名高いそうで、たくさんの蝶々が飛び交うという。これぞ、梁祝の二人が最後に蝶になったことを暗示する光景なのかな?と。

その他にも、中国各地でお祭りに利用している地が他にもたくさんあるそうですが、
それだけ、梁祝愛情故事は中国全土から愛されていると言うことなのでしょう。
梁祝サイト:http://www.liangzhu.jp/

私からもご健闘をお祈り申し上げます。(^_^)v

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2017年11月 2日 (木)

作文コンクール最優秀賞・日本大使賞が決定。

いよいよ「第13回 中国人の日本語作文コンクール」の
一等賞(6名)の中から、最優秀賞(日本大使賞)が決まりました。

20171happyo河北工業大学の宋妍さんで、作文名は「『日本語の日』に花を咲かせよう」。

最終審査は、最優秀候補と1等賞候補の計6作品を北京の日本大使館に送付。
横井裕大使ご自身による審査で最優秀賞・日本大使賞受賞者を決定という正規の手続きです。
日本僑報社のニュースリリースより→ http://duan.jp/news/jp/20171101.htm

13←残る5人の一等賞にも順位がつけられています。(写真左から得点順に

私は2次審査で上位21名の作品に点数をつけましたが、嬉しいことに、
最高点をつけた作品が最優秀賞になったこと。

さらに、一等賞5人の採点も一点を除きすべて90点以上つけた作品だったので、
私の目にも狂いが無いかと。(笑)

作文のレベルは年々上がって、審査も何度も読み直して慎重に選びますが、
やはり光るものがあると記憶に残るということでしょうか。

同時に毎年審査をさせてもらって大いにためになるのが、
今の「中国の若者の生の声」が聞けること。

例年通り、12月12日には北京の日本大使館で表彰式が開催される予定です。

それまでに「受賞作品集」も出来上がるでしょうから、お楽しみに。(^_^)v
※過去の作品集(第1回~第12回)はこちら

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2017年10月10日 (火)

白西紳一郎「日中協会」理事長の訃報

亡くなったのが今月8日とのこと、今朝知りました。

毎日新聞の報道:白西紳一郎さん77歳=一般社団法人「日中協会」理事長)8日、大阪市内で死去。

Photo白西さんとは、個人的なお付き合いはありませんが、
日中関連の講演会、記念式典、飲み会など様々なところでお会いしてきたので、勝手に気安くなってました。(笑)

思い出すに、確か池袋の飲み会に一足早く到着した白西さんが「私もとうとう70歳になりました。」と、照れながら挨拶していたのですが、

あれから7年経つのですね。

写真は一昨年の「第4回・日中出版界友好交流会」での懇親会にて。

日中関係における長年のお骨折りに感謝、お疲れ様でした。
ご冥福をお祈りいたします。<(_ _)>

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2017年10月 8日 (日)

壁に書かれていた王羲之の「姨母帖」と「初月帖」!

梁祝(リャンチュウ)(梁祝愛情故事)は1500年以上昔の東晋(AD317~420)の頃の話。その伝説の真実性を追い、書籍等で日本に伝えた最初の研究者が渡辺明次先生。

Photoそして右の写真は、昨年春に渡辺先生と訪れた(浙江省)上虞市にある「祝家テーマパーク」資料館の展示物。
一瞬、男の人形にドキっとしましたが…(笑)
この地こそ(悲劇のヒロイン)祝英台の生家。手前の人形は父親(叔父かな?)。
それより私は、背面の壁の「書」が気になって写真を撮っておいたのです。

Nishikawanei_2今日は書の研究の一環で、西川寧先生の著書『猗園雑纂(いえんざっさん)』を読み直すと、「晋人の墨蹟」の項の文中に出てきたのが、王羲之の「姨母帖」。(下の画像)↓

02そうだ、思い出した。あの壁の「書」の右半分はこの「姨母帖」の模写でした!
大意は「11月13日、王羲之は叔母の死を礼拝しつつ、悲しみ、途方にくれている」(咸和5年、羲之24歳の時らしい)
しかし、良く見ると、右から3行目の「姨母(おば)」が、壁の書のほうは「姨女」になっている!
ということは、勝手に勘ぐると、(悲劇のヒロイン)英台の死を痛んで「姨女」に代えたのではないかと?
「姨女」なんて言葉は無さそうだけど…、と言って間違えた訳ではないでしょう。

Photo_2←左半分(初月12日…)は、やはり王羲之の初月帖(しょげつじょう)
大意は「本人が病で弱っている近況」(王羲之が官を辞した53歳以降の晩年の書)とか。

王羲之は、真に「梁祝愛情故事」と同じ時代に、この地域に生存していたわけだから、これらはそれを意識して造られたのでしょう。

Photo_5ところで、『猗園雑纂』を読み続けると、24歳の時に書かれたというこの「姨母帖」の書法は、書聖(王羲之)の数々の名筆には見られない当時の流行文字!?

右の写真は、新疆で出土された「李柏尺牘稿」ですが、
李柏という王羲之と同時代で正史にも名のある人の書で、「姨母帖」と同類のところがある最も素晴らしい行書風の一枚。
つまり「姨母帖」を愛するものは、王羲之中年の頃の、古意が多く最も行書風のこの真髄を味得すべきであると。

さすが現代書の巨匠(西川寧先生)、私の書の幅を広げる意味でも良い勉強になりました。(^_^)v

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2017年10月 4日 (水)

「日本語作文コンクール」、1等~3等の入賞者を発表!

Photo
日中交流研究所主催の「第13回・中国人の日本語作文コンクール」の審査が着々と進み、3週間前に、このブログで3等賞以上81名を発表しましたが、第二次審査ではその中から選出された上位21名を採点。

私も採点に加わり、1等賞(6名)と2等賞(15名)の入賞者が確定しました。↓

23_3ただし1等賞の6名の中から、後日、在中国日本大使が自ら採点、最優秀賞(日本大使賞)1名が決まります。
従ってトップ6名の順位は現在未定となっています。

このコンクールは13年目を迎え、日中関係が難しい中でも年々応募数が増え続けてるのはスゴイこと。
さらに審査していて驚くのは彼らの日本語力、完璧に近いので採点するにも疲れます。(笑)

実はこれには、中国で日本語を教えている日本人教師たちの熱意と努力が欠かせません。もちろん中国人教師も同様、先生方の名は入賞者一覧の右側に掲載してあります。→

作品の内容、教師たちの情熱ともに日中間の相互理解に役立っていることは間違いない。また、ただ単にコンクールで盛り上がるだけでなく入賞作品集を刊行しているのも共鳴できます。

最後に、半年にわたる多忙な事務局の方々の頑張りも見逃せません、お疲れ様です。本当にたくさんの方々の賛同と協力で継続ができているのだなあ、と毎年毎年感動です。(^_^)v

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2017年10月 2日 (月)

渡辺明次先生、中国・蘇州に招かれ私の"書"を披露!

写真は先週中国から帰国された渡辺先生、出国前に私が揮毫した"書"(孟姜女口承伝説)をお披露目くださっているところ。

Photo先生が10年前に出した本「孟姜女(モウキョウジョ)口承伝説集」の題名ですが、
このたび蘇州にて「渡辺明次を囲む座談会」が行われ、写真を送っていただきました。

何か、若い女性ばかりですね~!(笑)

下の座談会の写真、正面のスライドには『「中国伝統文化的伝播者」日本学者渡辺明次先生座談会』とあります。

Photo_2確かに、中国伝統文化の伝播者ですね!

でもこの座談会は、渡辺先生のために組まれた分科会であって、
蘇州に招かれた第一の理由は、現代蘇州の口語長編叙事詩『常徳盛』シンポジウムに参加すること。

渡辺先生自らブログに詳しく書かれましたが、
『常徳盛(じょうとくせい)』とは、貧しい農民であった常徳盛氏が築き上げた豊かな理想の農村の話、中国共産党・習近平の新農村運動の一環でその旗手と掲げる。

常徳盛氏は現在74歳、生存中なのに記念館や伝記があり、そのシンポジウムでした。
実は、この伝記を今回渡辺先生を招いた馬漢民氏が書いているのですが、
お二人の関係は私も先日のブログで紹介しました

Photo_3
結局、馬漢民先生は渡辺先生にこの本の日本語翻訳を依頼したそうです。
(蘇州で出版する予定)

ああ、中国人との付き合いは個人と個人の信頼関係を得ることで全てが上手くいくのでしょう。(^_^)v

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2017年9月15日 (金)

今年の日本語作文コンクール、3等賞以上の受賞者を発表!

日中交流研究所主催の「中国人の日本語作文コンクール」は今年で13回目、
今や国やマスコミからも注目、良き評価をされるようになりました。

Photo_5本日、第一次審査の受賞者発表です!

応募者総数4,031名から選ばれた81名が3等賞以上に選出されました。第一次審査員および事務局の方々の例年に劣らぬ膨大な作業、ご苦労さまです。

第二次審査は、この3等賞以上の受賞者から更に選出された21名の作文を採点。私も先月末に採点表を完成させました。

その中から、北京・日本大使館の大使ご自身による審査で最優秀賞(1名)が決定。
詳しくは前回の開催報告を

Photo_6この厳しい審査に勝ち残った最優秀賞(日本大使賞)受賞者への副賞は日本1週間招待。
←その歴代受賞者の訪日記録がこちらに収録してあります。

どなたが最優秀賞をGetされるのかまだわかりませんが、審査をしていて知り得るのは、中国の若者の"生の声"。これぞマスコミなどからは得られない"今の声"でもあります。

02そういえば、第10回「中国人の日本語作文コンクール」で最優秀賞(日本大使賞)を受賞した上海・東華大学の姚儷瑾(よう・れいきん)さんが訪日された歓迎会で、私の書をプレゼントしたこともありました。(笑)→

このようなコンクールは他にもありますが、
受賞作文を作品集として毎回書籍にまとめているのは「日本僑報社」だけのようです。
貴重な記録集として残すことは大切なことと思います。(^^)v

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2017年9月12日 (火)

渡辺明次氏(著・編・訳)の「孟姜女口承伝説集」。

梁祝(リャンチュウ)先生こと渡辺明次先生は、『梁祝愛情伝説』の3部作
ほぼ同時期(2008年)に『孟姜女(モウキョウジョ)口承伝説集』も出版していました。

Kimg0051_2
その題字を頼まれ揮毫し、渡辺先生宅に郵送。本日届いたそうです。↑

Photo「孟姜女」とは「梁祝」と同様、中国では誰でも知っている中国4大愛情故事の一つ。

私も大雑把に拝読しましたが、何と、536ページの分厚い本なのです。→

下の写真は「人民網」に掲載された渡辺先生。

Photo_3この本は、一般に出回っている「孟姜女」物語(愛情悲話)とは違って、渡辺先生が実際に中国各地を足で回り、
物語編、歌謡編、起源に関する論文編、掲示・石碑文編、調査記録編と多方面から真意を探り続けた内容で、単なる昔話本ではない。

Photo_4それが10年近く経った今、この本の前文を書いてくださった、蘇州の馬漢民先生が東京へ資料探しに来日されたのです。つい先月の出来事でした。

訪日の目的は、明代の著名な文学者(蘇州の人)で馮夢竜(ふうむりゅう)の記念館開設準備のため。
そこで渡辺先生は、神田・神保町や国会図書館に同行し資料集めを手伝ったという。

Mokyojyo_2渡辺先生のような日本人特有の丁寧な対応が相手の心を掴んだのでしょう。来週、この馬漢民先生に蘇州に招かれて訪中することになったそうです。
旅費もすべて招待だと!中国人の義理堅さは半端じゃない。(笑)

私も過去の経験で味わったことが幾度かあったので、嬉しいこと。

←ところで、左の書は9年前(2008年)に私が揮毫したものですが、今ながめて見ると当時は北魏の楷書(竜門石窟の碑文などの文字)に凝っていた時代だったな~
などと、懐かしいものです。

今回の書も現地で何らかのお役に立てばと、有意義な旅をお祈りしています。
お気をつけて行ってらっしゃい(^^)v

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