書道・お習字

2020年4月 2日 (木)

練馬区書道連盟から役員会の通知。

201911 新型コロナウイルスで外出を控え、毎日の仕事はテレワーク。
という風にやっていますが、実のところさほど忙しくはないので、今日もブログを書きました。(笑)

私が属す「練馬区書道連盟」から封書が届いていました。

今秋の(第38回)練馬書道展は11月11日から、会場は例年通り「練馬区立石神井公園ふるさと文化館」と、
全て昨年中に決まっていますが、それらを実行するにあたって、計画を進めたく役員会議を催したいとの旨。

写真は昨年の第37回・練馬書道展より→

02_20200403174901 私は今まで、仕事が重なる事が多く、会議には殆んど出席していませんでした。
(去年は、申し訳ないことに己の不注意で大ケガのため欠席。)
会議は5月21日(木)午前中、場所は「サンライフ練馬」(練馬美術館の裏)。新役員の方も出席するそうで、私も出席しなければ。

201911_20200402205801

と同時に、今日から"新作創り"のスタートです。
私の場合、ササッと書いて納得する作品ができたら嬉しいのだけど、とてもとてもできません。
いつも締め切り間際になって、何とか自分の中で無理強いして納得。という情けなさ。

今年こそはと、自分との戦いに挑みます。(^_^)v

※右の写真は第37回展開催を祝して練馬区から来賓の挨拶。

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2020年3月30日 (月)

春来草自生(春来たりて草は自から生ず)。

02_20200330181901 春になった、ふさわしい禅語です。

「春来草自生」は、"春が来れば、草は自然に生える。(自然の流れに逆らわず)その時を待つ"。 "時が来れば、必ず花開く"。などが一般的ですが、私は"道は誰にも平等"と捉え、禅語の深い意味を探っています。

写真は8年前の作品ですが、自分の書というものにチャレンジしていた頃で懐かしい。

この言葉は本来、北宋時代の禅の書物「景徳伝灯録」にある「兀然無事坐 / 春來草自生」からで、前の5文字を含めると、
"兀然(こつねん)として無事に坐ざすれば、春来たりて草は自から生ず"。

先日取り上げた「日々(是)好日」も、今にぴったりの言葉。
"日一日をありのままに生きる、どんな毎日であれ、それはあなたにとってかけがえのない日"。

新型コロナウイルスに不安が募る毎日、気持ちは常に前を向いて行きたいものです。(^_^)v

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2020年3月 6日 (金)

書聖・王羲之と梁山伯と祝英台!

Photo_20200306185601壁に書かれていた王羲之の「書」』の番外編の番外編です。(笑)
「梁祝愛情故事」について更なる調査・研究を続ける渡辺明次先生が、五山文学の「霊跡」の項に書聖・王羲之を詠んだ詩を見つけました。

←王羲之の名は、書を嗜まない人でも知る人は多いでしょう。
しかし私の興味は、「梁祝(リャンチュウ)愛情故事」の梁山伯と祝英台が、王羲之の名と並列して存在していること。

『五山文学』とは、鎌倉時代末期から室町末期、京都・鎌倉の五山禅林を中心に、禅僧の間で発達した漢文学の総称で、中国宋の禅林で詩文が盛行し伝わったもの。
詳しくは、前回(2019/5/18)のブログに書いたので省きます。

Photo_20200306185701↑渡辺先生が発見した資料の一つがこの手書きの詩文、読みにくいと思いますが、右から(赤線で印した)「(王)羲之故居」、「梁山伯墓」、「祝英台墓」が読み取れます!

右の写真は、祝英台の生家(中国・浙江省)上虞市にある「祝家テーマパーク」資料館の展示物で梁山伯と祝英台の人形を見学、日中の梁祝研究の皆さんと。(右端が私、2017年に訪中)

Photo_20200306185702 同じ記念館に展示されていた、この男性は王羲之だそうで。(左の写真)
実在していたであろうこの3名は、なんという不思議な縁なのか!?と今日も想いに耽る。

そこで今日は、偃渓が詠んだ「羲之故居」を揮毫しました。
亭前不改晉山河。亭下春風屈曲過。
我自不知賢者事。細挼花片付流波。羲之故居 偃溪之詩

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2020年3月 3日 (火)

「日々(是)好日」が、語る。

「新型コロナウイルス」について、TVは不安を煽り、専門家は情報不足で憶測が蔓延。私は外出を控え、ひきこもりの日々です。(笑)
この「書」は、ある方に差し上げたので、現在私の手元にはありませんが、余計なもの?を取り払ってシンプルに書けたので気に入っています。

Photo_20200304155201 日々是好日(にちにちこれこうじつ)。中国唐代、雲門宗の開祖・雲門文偃(うんもん・ぶんえん)の言葉で、掛軸などに良く揮毫される禅語の1つ。
読みは、(ひびこれこうじつ)でも良し。
ただし、"毎日が良い日"ではない。「好日」を「良い日」と訳すのは間違えとしたほうが良さそうです。

"日一日をありのままに生きること、どんな毎日であれ、それはあなたにとってかけがえのない日"と、私は訳しましたが、禅語は奥が深いので、他にもNetで捜してみました。

①目前の現実が喜びであろうと、悲しみであろうと、ただ今、この一瞬を精一杯に生きる。その一瞬一瞬の積み重ねが一日となれば、それは今までにない、素晴らしい一日となるはずです。

②あなたにとって今の状況は、どんな状況でも、必ずあなたの人生に意味あるもの。
だからどんな状況でも逃げることなく積極的にその状況を精一杯生きよう。

何かのヒントになれば幸いなのですが……(>_<)ヽ

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2020年3月 1日 (日)

「魏晋遺風」:『壁に書かれていた王羲之の「書」』の番外編

先日書いた『壁に書かれていた王羲之の「書」』~<その2>の番外編です。

中国・浙江省上虞市「英台文化研究会」の陳秋強会長から、更なる情報を頂いておりました。今日は「新型コロナウイルス」で仕事はお休みにして、"お勉強"です。

Photo_20200301195701

陳会長曰く、梁祝(リャンチュウ)後に、唐代の詩人・劉禹錫が詠んだ詩『烏衣巷(ういこう)』から、東晋時代の王羲之と謝安の関係を読み解くことができます。

今の南京市は「建康」という名でした。ここに烏衣巷という町があり、南朝を代表する名門貴族で王導、謝安の一族が住んでいたのです。

※書聖・王羲之は王導の従甥に当たります。謝安は東晋の名宰相で、会稽(浙江省)上虞(じようぐ)に寓居、大人物と期待されながらも王羲之らと風流韻事の生活を楽しみ,"風流宰相"と慕われたとか。

現在、この地(南京)には「王導謝安記念館」があり、この詩を、篆書、楷書、隷書、草書体で書かれ「魏晋遺風」として展示されています。(上の写真)

02_20200302070601 烏衣巷 劉禹錫

朱雀橋辺野草花、烏衣巷口夕陽斜。  
旧時王謝堂前燕、飛入尋常百姓家。  

読み下し文:
朱雀橋の辺りは野草が咲き乱れ、烏衣巷の入り口はまさに夕陽が沈むところ。
旧時(かつて)王導と謝安の邸宅に棲みついていた燕たちは、民家を飛び交っている。

←左の書は、私も感化されて書いたもの、読みやすく行書体で書いてみました。

きらびやかな六朝時代の王家と謝家を懐古したものでしょうが、この詩のタイトルでもある「烏衣巷」も、記念館として?現地にあるようです。

Photo_20200301195702右の写真は「烏衣巷」の入り口で、右側の碑文は毛沢東の「書」だと!→
驚きです。一度行ってみたいですね。

暇つぶしであろうが、調べるといろいろな知識が付くもので、今日は充実の一日でした、と言えるでしょう?(笑)

 

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2020年2月22日 (土)

『壁に書かれていた王羲之の「書」』~<その2>

「新型コロナウィルス(covid 19)」、世界各国は大変なことになってるようで、情報錯乱状態か?天皇誕生日の連休を前にして、外出するのも控え気味になってしまいます。

そんな今日は家にいて自分のブログを開くと、右(サイドバー)の「人気記事ランキング」2位に上がってきたのが、2017年10月8日に書いた『壁に書かれていた王羲之の「姨母帖」と「初月帖」』の記事。

Photo_20200223143001 もう一度繰り返すと、「梁祝(リャンチュウ)愛情故事」のヒロイン祝英台の生家で、中国(浙江省)上虞市にある「祝家テーマパーク」資料館の展示物の一つに文字の間違えを発見したのです。

「王羲之の作品を模写した壁の文字で、3行目の"姨母"がなぜ"姨女"と書いてあるのか?」という疑問です。渡辺明次(梁祝会長)先生を通じて、上虞市英台文化研究会の陳秋強会長に聞いてもらいました。

上虞からの返信(要約):
 写真の書は間違いなく王羲之の作品です。左右2種類あり右側は「姨母帖」(いぼじよう)、左側は「初月帖」(しょげつじよう)というものです。
 また写真の前にある人物は王羲之で、この場の芸術的厳粛なムードを演出するために置かれています。王羲之と、時の宰相・謝安の両家は名望ある家柄であるばかりでなく、その上とても親しい間柄でした。
Photo_20200223152401  そして謝安の家は上虞の東山にあり、ここは祝英台(チュンインタイ)伝説の発祥地である祝家庄(祝家村)からさほど遠くない距離にあります。
 また、祝英台は聡明でこよなく詩書を愛読する人物でした。
 王羲之、謝安、その子孫、親類縁者はしばしば祝家庄に招かれ客となり祝家の内情に通じた深い付き合いがありました。
 そして後に、あの祝英台が梁山伯への愛情のために命を絶つという事件が発生。
 祝英台という女性の死について驚き感心し時の皇帝(孝武帝こうぶてい)に上奏し“義婦”という称号を賜り(梁山伯の墓のある寧波に義婦塚の石碑が添えられ)ました。

 地元の上虞の研究者からすれば、王羲之、謝安、祝英台の深い関係を見て取ることができます。
 以上からして「祝家庄祝府」に関係のないように思える王羲之の書が祝府に展示されていても、地元の感覚からすればなんら怪しむに足りないのです。

という丁寧なご返事ですが、その後、こちらが指摘した先ほどの疑問は、やはり間違えだったようで、それを認めて、(日本人が見つけたという)驚きと感謝の念をこめたご返事もいただいております。

Photo_20200223143002 左に、その真偽をわかり易く切り取って並べました。
左側が王羲之の「姨母帖」の3行部分、右側は壁に模写されていた同じ部分ですが、真ん中の「母」の字が、当時に押された印鑑で隠れてしまっているので、「女」と読んでしまったのでしょうか。

ところで、ところで、今気がついたのですが、その上の「姨」の模写も間違えですよ!

記事を書くのが遅くなったおかげで?間違えをもう一つ見つけちゃいました。(^_^;)

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2020年2月11日 (火)

続三義先生を囲む会(退職慰労会)、続編

Photo_20200212195001 先週土曜日は、続三義先生(東洋大学教授)の退職慰労会が、我ら「梁祝会」渡辺明次会長のご尽力で、とても良い雰囲気で盛り上がりました。

昨夜、続先生から渡辺先生宛にお礼のメールが届いたそうです。
メールの要約ですが、
「たくさんの方々に集まっていただき、お酒も料理も思う存分いただきました、本当に感謝しております。
塚越さんにも良い横幕を書いていただき、そのうえ、素晴らしい色紙もいただきました。感謝しております。

Photo_20200212194901 また何かの機会にみんなで飲みましょう。皆さんにもよろしくお伝えください。取り急ぎお礼まで」

とのこと。
なんと!私のことにも触れてくださりこちらこそ感謝です。記念写真では小さく写っている横幕『続三義先生 退職慰労会』も自分で撮っておいたので、ここに載せました。

せっかくだから、私の拙いホームページのトップに、金の色紙に書いたこの『和光同塵』を掲載しました。意味などについては、先月末に説明したので省略します。

Top_20200212195001「梁祝会」の顧問として会の活動を全面的にバックアップしてくださっている続先生ですが、定年退職後も隠居されちゃうわけではなく、いろいろ活動をされるそうで、今後ともお力添えをお願い申したいと希望しています。

この慰労会が、もしかしたら「終わりの始まり」でもあったら嬉しいな?(笑)

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2020年2月 9日 (日)

「勘亭流書道の会」作品展へ

Photo_20200210105701

ちょうど一年前の今日、中学時代の同級生(横山鶯亭さん)が運営する「勘亭流書道の会」作品展を観てきましたが、今年も同じ浅草文化観光センターへ(雷門真向いのビル)2月11日まで。

午後3時に会場に到着、受付にいらした方々の応対が感じ良い。そして巨大な「庚子」が!→

「勘亭流書道の会」代表である横山さんは、新たに稽古場を設けて伝承の文字を引き継ぎ指導にあたっています。ホームページもご覧ください

この浅草文化観光センター(7階)では、毎月第2・4水曜日に実演・体験を実施しているそうで(参加費無料)。台東区のホームページにも紹介されています

Photo_20200210105703 今日は私もこの体験コーナーで、勘亭流の「笑」を初めて書いてみました。
←私が右手で持っているのがそれ(はがきサイズ)。
丁寧に教えてもらいながらですが、なかなか難しい。
紙に収まらず「笑」の右端が飛び出ちゃいました。(笑)

←そして記念写真、こんな法被(はっぴ)を着せられてちょっと照れてますが、会場の皆さん明るいから楽しい。

Photo_20200210105704出品者の作品をみて惹かれるのは発想が自由なこと。
右に数点を載せましたが、古めかしそうな「勘亭流」の書が時代に合わせてこんなに新しくなるものなのですね。→

これも横山さんの指導というか、「伝承の文字を遊び心で、楽しみながら稽古をしています」。この信念が功を奏しているのでしょう。

Photo_20200210105801 左の条幅作品は某大学の書道部のだそうで、書いたご本人から話を聞きました。
勘亭流の掛け軸ですか、力強くて面白い。"なんでも有り"が発想の切り替えには大事かも。
また、書道博物館の館長もいらしていたので紹介され、なかなか有意義でした。

そういえば、今日会えると思っていた同級生の彼女から先週メールがありまして、体調が悪いからとキャンセルされちゃったのです。

Photo_20200210105702 振られた思いで横山さんに伝えると、「『新型肺炎』を気にしているのかしら?」。
確かにこのビル(観光センター)も目の前の雷門もたくさんの観光客が来ています。
それが理由かどうかわかりませんが、残念でした。(笑)

まあ、日本の伝統「勘亭流」という芝居の雰囲気をお楽しみください。
何て、「新型肺炎」は心配ですが宣伝しちゃいました。(^_^)v

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2020年2月 8日 (土)

続三義先生を囲む会(退職慰労)が盛り上がる

Photo_20200209125702

今年の初めに、東洋大学教授を定年退職される続三義先生の最終講義に出席しました。
今日は、我々「梁祝(リャンチュウ)会」主催の「続三義先生ご退職慰労会」です。

本日集まった(私と青井さんを除く)全員が続先生(北京外国語大学教授時代)の教え子なのです。

尤も、3名の若い女性たちは渡辺明次先生(梁祝会長)の教え子だから孫弟子かな?

Photo_20200209125802 渡辺先生が企画・幹事をなされ、当所は我々5~6名の予定でいたのですが、久々の飯島さん、工藤さん、大塚さんも参加、さらには日本に勤務して3年という女性たちが加わり知らないうちに2倍の参加者になっていました。

さすが続三義先生。

01_20200209125801

写真は、渡辺先生が湖南省の湘潭大学で日本語教師をされていた時代の教え子たち。その一人から突然メールがあったそうです。

「渡辺先生、お久しぶりです。湘潭大学2009級の日本語学科の学生です。
東京が寒くなってきて、お元気でしょうか。先生は日本にいらっしゃるのでしょうか。
大学院卒業後に就職して東京に住んでいます。先生が東京に帰りましたら、ご挨拶に伺いたいのですが、ご返信いただけると嬉しいです。」

Photo_20200209125703 なんともう東京に住んで三年だというのです。なお(新型肺炎については)春節の帰省はなく東京に住んでいるということでご安心下さいとのこと。

その後、他の2名も参加を希望してきたそうです。

となると、私も思っていた以上に楽しみでした。

Photo_20200209125801 ところで私はお祝いとして、続三義先生に贈る言葉『和光同塵』を金色の色紙に、
それと記念写真用にタイトル『続三義先生、退職慰労会』を揮毫してきました。

『和光同塵』は禅語で、(中国道教の祖・老子の『道徳経』第四章にある句)「和光」は才知の光を和らげること。「同塵」は俗世間に合わせること。
つまり"能ある鷹は爪を隠す"かな?続先生にお似合いの言葉?と自負したもので。

ここは池袋東口の蔵元居酒屋「清龍」、渡辺先生お気に入りの飲み屋です。

Photo_20200209125701 午後6時スタートが少し遅れましたが、

前橋から新幹線で到着の浦野さん、青井聡子さんは鎌倉から遙々参加、そして、久しぶりにお会いする方々や、若い女性たちなど。

盛り上がるわけです。主賓の続先生も大いに元気ぶりを発揮していました。

Photo_20200209125803

あっという間に飲み食い放題の2時間が経ちましたが、梁祝会でもあり、定期的に集まるような予定を立てていないにも関わらず、何だかんだと毎度集会ができてしまうのです。(笑)

さて、またの機会を楽しみに、今日は本当に楽しかったです。(^_^)v

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2020年1月28日 (火)

「和光同塵」を揮毫。

大相撲初場所の興奮冷めやらぬ中、先週から依頼されていた「書」の準備をしなければと。定年退職される方に差し上げるもので、労いの言葉を頼まれました。

何かないかな?と、思いついたのが、私の好きな禅語から『和光同塵』、いかがでしょうか?元は老子の『道徳経』に「其の光を和げて其の塵に同ずる……」とある。

S_20200128200401読みは「わこうどうじん」、
訓読みだと、
「光(ひかり)を和(やわらげて)塵(ちり)に同(どう)ずる」。
読み下しと同じだから意味がわかり易いでしょう。

「和光」は才知の光を和らげる(隠す)ことで、「同塵」はちりに同化する。
自分の才能や徳を隠し、世俗に交じってつつしみ深く目立たず暮らすこと。

簡単に言えば、「能ある鷹は爪を隠す」みたいな?

あと、頼まれているのは、加える言葉として『〇〇先生、ご退職慰労』も必要。
でもこれは慰労会の時に持ち込むのだから、別紙に会のタイトルを書けば良いかもですね。まあ、今日のところは保留、四字熟語に専念しました。(^_^)v

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